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2005年3月23日 (水)

コブリン at 浜離宮朝日ホール

浜離宮朝日ホールでコブリンの演奏会。午前中でさっさと仕事を終えて参加。
ハイドン ソナタ 52番 変ホ長調 
シューマン 子供の情景
ショパン 24のプレリュード

演奏は大変素晴らしかった。以下、それぞれの感想を少々。

ハイドン: コブリンの演奏については、浜松国際コンクールをテレビで見たときの「繊細で丁寧」という印象を持っていた。もっともその番組では主に日本人出場者を追いかけていたので、コブリンの演奏はせいぜい1、2分ほど聴いただけ。

この最初のプログラムのハイドンで、彼のイメージはかなり変わった。「繊細で丁寧」というのはそのとおりなのだが、それがフォルテの直前をあえてぐっとデクレシェンドをかけて落とす、という劇的で大胆なディナミークと同居していることに驚かされる。
僕の図式では、たとえばグールドのように、強弱を明瞭にしリズムを強調するタイプのピアニストは、音ひとつひとつの輪郭も角ばっている、そんなふうに考えていた。しかし、コブリンは、アクセントのついたフォルテであっても、音色は決して荒ぶらず豊かであり、音量の変化も角ばらずにまるみがつけられている。
もっともグールドと比較すれば、みんな「より柔らか」に聴こえるのかもしれないが、そういう丁寧さと、大胆なリズムの強調とが一体化しているのは、きっとコブリンのオリジナリティなんだと思う。

シューマン: 濃密で内面的な演奏だった。24のプレリュードもそうだったが、全体的な流れよりも一曲一曲に全神経を集中させるタイプの演奏。良かったけれども、たとえばこの曲を聴いて「こどもが遊んでいる情景が思い浮かぶか」と言われると、そういう感じは一切しなかった。フォルテシモの場面でも、感情が解放されるわけでなく、「楽しい」というよりは「劇的」と感じさせる。
花粉症の季節だからか会場の咳などの音が大変目立ったのだが、こんなにもこうした音が気になるのは、彼の演奏が静寂の白い紙に細い細いくっきりとした線を書き加えていく、そんなピアノだったからだと思う。良く言えば繊細、悪く言うと神経質。ただ、長い長い装飾音符のように軽やかに上る音形の、ふわっとなでるように消え入るフレージングはとても美しかった。

ショパン: ショパンという作曲家の作品全体について、最近自分で弾いていても、あまり楽しいと思えなくなってきたので、今回も退屈してしまうかもと心配していたが、決してそんなことはなかった。特にゆっくりした曲のくぐもったピアニシモが大変美しかった。ピアノという楽器を知り尽くした感じ。

アンコール曲はラフマニノフ二曲とドビュッシー亜麻色の乙女、ふたたびハイドン。
ラフマニノフでやっと今まで内に秘めていた感情を外に出した感じ。きっとラフマニノフが好きなんだろうなと感じた。

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