« 横浜美術館 ルーブル展 | トップページ | ある方に対してのコメント(反日デモへの対処について) »

2005年5月 8日 (日)

タガタメ

 母のコンサートは無事終わり。打ち上げに食べに行ったレストランおいしかったなー。パネ・エ・ヴィーノというお店。妻がたのんだほたるいかのタリアッテッレをちょっとわけてもらったんだけど、これがもう絶品。メインの子羊のソテーもやわらかくてジューシーで、ラムってこんなに上手かったのか! という味だった。もっともこれがしばらく前には元気にはねまわっていた子羊かと思うと、ちょっと後ろくらい気分にもなるんだけれど。特にアイルランドでいっぱい羊見てきて、うちにも羊の親子のぬいぐるみがあったりするから、なんだかちょっとね。
 帰りの電車で、ミスチルのアルバムを順番にとばしとばし聞いてたんだけど、今さらに「タガタメ」に泣けてきた。僕は実に簡単に涙を流すタイプで、中学生日記とかを見てても涙が止まらなくなっちゃったりするから、人から見たら僕の涙なんて、大して信用してもらえないんだけれど、本人的にはすごく胸が動かされた。「タガタメ」、桜井さんも絶叫してるし、あまりに重い歌だから、カラオケの練習みたいな気持ちで気軽に聞けないんだけれど、久しぶりに聞くとジンとくる。
 このまえ、ドイツみたいに、戦争責任を全てナチに押し付けちゃって、善良な市民はその巻き添えになっただけです、みたいなかっこをしているのはどうよ、という話をした(注1)。「僕らは連鎖する生き物だよ」っていうのは本当に実感としてそうなんだと思う。そういう世界において、それでも自分の行動に責任を持ち、子供の教育に責任を持ち、というのはそれ自体確かに矛盾なんだけれども、でもこの世界はそういうふうにできていて、それをおりこみ済みでこんなふうに世界は回っている。そういう「正しいことをしなければいけない」という信念も含めて、僕らのそうした信念に基づく実践を含めて、僕らは因果関係の輪の中にある。そんなことをあらためて考えさせられる。
 それにしても、「タダダキアッテイコウ」というメッセージはカタカナにしてぼかしてみたところで、それでも余りに直接的と言ったらそうなんだけれど、因果関係で回っていくラプラス的な宇宙と、カント的な意味での人としての責任、との狭間でかつ他人事という文脈におかれると、詩として強い力を感じさせられる。
 同じようなテーマで撮られた映画に「ゆきゆきて神軍」というドキュメンタリーがあって、もしまだ見たことのない人がいたらぜひ見て欲しいと思う。こういう話が出てくるたびに、あの映画に出てきた、戦友や上官の罪をかばおうとする老人のことを思い出す。
 
注1 言うまでもないけれど、ナチだけが悪いなんてことがありえないように、誰もが悪くないということもない。また戦争責任を否定しようとしているのでももちろんない。責任という文法で語られるような事態はこの世の中に確かに起こっている。

« 横浜美術館 ルーブル展 | トップページ | ある方に対してのコメント(反日デモへの対処について) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/150203/3326655

この記事へのトラックバック一覧です: タガタメ:

« 横浜美術館 ルーブル展 | トップページ | ある方に対してのコメント(反日デモへの対処について) »

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ