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2005年7月24日 (日)

風神秘抄

 大好きな荻原規子の新作だが、これは残念ながら今ひとつのできだった。
 
 彼女が書いてきた「西の良き魔女」シリーズや「勾玉三部作」などのファンタジーは、大人も十分楽しむことができるはずだが、それがなぜ児童文学に分類されるのか考えてみると、やはりそれぞれの年代の発達課題に対応しているからだと思う。単なる娯楽作品だと、大人から見て、こどもたちが一体何が面白くて読んでいるのかまったく共感できないような本も多々あるが、荻原作品に限らず、大人も楽しめるような児童文学には、いわゆるビルドゥングス・ロマン的な要素がいつもあるように思う。
 
 それらを楽しむ大人の心情というのは、単なるノスタルジーというよりは、自分が現在さまよいこんでいる「手段=目的」の連鎖のなかで見失いつつある本来の方向性といったものを、初心に戻って再発見する、そういう意義があるように思う。あるいは、デュルケームが社会における宗教の機能を考えるのに、まずもっとも原始的と考えられる社会の分析からはじめたように、よりシンプルな世界において、自分が現在抱えている問題をわかりやすく考えよう、という意義があると言ってもいいかもしれない。
 
 そうした観点から見るとこの作品には相当不満が残る。なんと言っても主人公が意味のある選択にさらされないのだ。
 物語の前半を支えるそうした意味での選択は一応次のようなものだ。すなわち、自分の仕えていた主人への忠誠心、あるいはそうした忠誠心に代表されるような武士としての生き方をとるか。あるいはより個人主義的な「自分のために」生きるか、というものだ。主から離れ、盗賊ともに生きていく間に、盗賊の首領に影響を受けるかたちでの葛藤がある。しかしこうした葛藤が現代性を失っているのは明らかだから、作者はあまりそうした時代錯誤な葛藤には踏み込まず、話は中盤で大きな展開をみせる。
 主人公とヒロインとの出会いがあって中盤に入っていくが、ここにある葛藤は、追求すべきはっきりした目的は自覚した上で、ではどの手段をとったらその目的に適っているか、というレベルのものでしかない。その目的とは、ヒロインとの生活を守ることであり、その上で、ヒロインの意見に従うべきか従わないべきか、というものだ。ここでヒロインは主人公の選択に抵抗を示すが、それはゲド戦記と同様、<<魔法を個人的な欲望のために用いて、世界の調和を乱してはならない>>というような原則に従ってのことである。
 しかし重要なことは、主人公はヒロインのこうした葛藤をよくわからずに選択をしてしまう、ということである。だからヒロインの葛藤は主人公のものにはならないし、読者にとっても同様であるように感じる。少なくとも男の子は同性の主人公に感情移入して読むだろう。
 女性の立場から見れば、ここはある種自虐的な鶴の恩返し的選択になっている。もし訊ねたら、相手がどうしたいかわかっていて(きっと、どうしてそんな美しい布が織れるのか、その理由を知りたいだろう)、しかもその通りにしたら二人双方にとって悲劇的な結末が待っている(別れ別れになるしかない)こともわかっていながら、それでも男に決断をさせ、それに従う、という構図である。
 主人公から見れば、ここは、訳の分からぬうちに運命に翻弄される、そうした転換点である。ここで彼は<<魔法を個人的な欲望のために用いて、世界の調和を乱してはならない>>という原則を学ぶのだが、そうした学んだことを生かすわけでもない。
 終盤における選択は、自己のパワーに目覚めた主人公が、そのパワーを用いて、この世の権力者として君臨するか、それともそれを恋の成就のために用いるか、というものになっている。しかしこの選択は、権力者であることの負の側面ばかりが強調された挙句のものであるため、実質的な意味を持たず、ほとんど何の葛藤もないまま、主人公はあっさり恋のためにパワーを捨てる。彼はその結果同時に様々なものを失うが、それは結果論でしかない。
 どうしてこんなことになってしまったのかというと、一番重要なことは、「恋に生きる」という以外の選択肢に必然性を持たせることができなかったことが大きいだろう。しかも序盤を支える葛藤が後半につながってこないのも痛い。それに関係するが、主人公とその恋人以外の登場人物の生き様が十分掘り下げられていないのも問題だ。特に後半はほとんど二人の世界になってしまう。
 
 荻原規子の力量はこんなものではないはずだ。次回作に期待したい。
トラックバック先を読むと、「いつもどおり面白かった」という評のほうが多くて、もしかしたら女性が見る視点というのはずいぶん違うのかなと思ったりしました。

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