« Before Sunset (ビフォア・サンセット) | トップページ | 社会における仮説検証という考え方の実際的な利用方法--今回の選挙を例に »

2005年9月 5日 (月)

戦略的思考と選挙 --政治は面白くなくてはいけない

先月、日本人の政策判断能力が低い理由について論じた。

その際「政策判断能力」の基本としたのが、

「Aという価値を追求した場合には、副次的なネガティヴな効果としてBという結果があらわれる。一方Bというネガティヴな効果を生まないようにするとAはあきらめなければならない」というような課題において、Aという価値と反Bという価値のバランスをどこに求めるのが良いのかを考える能力、
さらにその大前提として、そもそもAとBとが因果関係で結ばれているというのは本当なのかということを洞察する能力 

この二つである。

この能力は、戦略的思考能力とも言い換えることができ、思考中心のゲームにおける楽しみの中心ともいえるものである。
たとえばトランプの「7並べ」などにおいて、「出すことができる札を持っているのに、あえてパスをする」というような戦略がある。
こういう戦略は、パスをすることで、自分自身が負ける可能性を高めるというリスクを伴いつつ、そのリスクよりも、他のものを先につぶしておくことのベネフィットのほうがより大きいと考えて採用される。
こういうことを考えることが、「7並べ」のような遊びの面白さの重要な要素になっている。

こういう戦略的な要素は、こうした室内ゲームだけではなく、サッカーや野球、ゴルフなどにももちろん存在する。わかりやすい例でいえば、たとえばゴルフなどで、池に落ちるなどのリスクは大きいが、目標への最短コースをねらうか、それともリスクを避けて、池などを迂回するか、というような戦略などである。

戦略的な側面の小さい現在の日本の選挙と言うのは、どんな場合でもバカの一つ覚えのように、グリーンに向かってまっすぐ打たせることで、池ポチャを続出させているような、そういう状況にあると言ってよいだろう。「池を避けて刻む」というような選択肢を誰も示そうとしないため、選挙は単なる儀式と化し、選挙結果とは無関係に政治が進むという状況が続き、人々がさらに政治に無関心になる、という悪循環が続いている。

選挙を戦略的な思考の場にすることができれば、選挙は必ず面白くなるし、そうした意味で面白い選挙こそが、政治をよりよくしていくための一番大きな力になるはずだ。

« Before Sunset (ビフォア・サンセット) | トップページ | 社会における仮説検証という考え方の実際的な利用方法--今回の選挙を例に »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/150203/3326676

この記事へのトラックバック一覧です: 戦略的思考と選挙 --政治は面白くなくてはいけない:

« Before Sunset (ビフォア・サンセット) | トップページ | 社会における仮説検証という考え方の実際的な利用方法--今回の選挙を例に »

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ