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2005年11月17日 (木)

ショーン・ライアンコンサート と "It's Secret"「シャムナム団の風!」

 今週末は土日に連続して二つのイベントがあった。
 土曜日は、現在来日しているショーン・ライアンのミニ・コンサート、日曜日は、"It's Secret"の第十四回公演「シャムナム団の風!」。

 ショーン・ライアンはアイルランドのホイッスル奏者で、今回は友人の守安夫妻の招きで来日したようだ。守安さんは、日本におけるアイルランド音楽普及の第一人者とも言える人で、現地とのつながりがとても深い。
アイルランドは人口390万人、北アイルランド(170万)とも合わせると、全島の人口・面積はちょうど北海道(570万)と同じ程度であることがわかる。
http://www.ryugakuclub.com/ireland/a08schooltown.htm
http://hw001.gate01.com/longpreston/012.html
 その北海道に比せられるアイルランド島の中で、ケルト系の音楽が盛んで今でもゲール語が残っていたりするのはそのさらに北や西のほんの一部の地域だけだったりするから、そこのミュージシャンと仲良くなるということは、その地域まるごとと深いネットワークができるということを意味する。アイルランド西部最大の街リムリックで人口8万5千人、次に大きな街ゴールウェイでも6万6千人だから、だいたいその人口規模が想像できるだろう(注)。
 さて今回のコンサートだが、その守安さんの大学時代の友人が勤めている高校の美術展の中のひとつの催しとして行われた。言うなれば、高校の文化祭の美術部の出しものに、よその小さな村一番の笛吹きが、先生のコネで呼ばれたみたいな感じ。観客も、僕らみたいなのは本当に例外で、ほとんどはその高校の父兄なり生徒なりだったようだ。
 もっとも会場となったつくば美術館は、筑波市の中心にあるわりとちゃんとした美術館だから、そこのメインの展示室を借り切って行われたこの美術展、質・量ともに、とても一高校の発表会とは思えないレベルだった(注2)。

 肝心の音楽だが、ショーンの笛は「まあこんなものかなあ」くらいの感じで、胸をぎゅっとつかまれるようなそういう感動は残念ながらなかった。少人数のセッションにも関わらず、インタープレイ的な要素があまりなかったからかもしれない。守安さんの笛もほとんどがユニゾンで即興的な要素は少なかったし、アイリッシュをはじめたばかりの田中さんも遠慮がちな演奏だったし。ただし守安さんの奥さんのハープはなかなかのものだった。ぶんとならすタッチに挑発するような華があって、子気味の良いリズムを奏でていた。こんなハープは初体験だ。

 でも今回の演奏会で一番良かったのはむしろ演奏そのものよりも、演奏中に行われた高校生達の即興ドローイングだった。同じ即興でも「絵から音楽」という方向なら、自分でもできそうだけれど、聴いた音楽のイメージを絵で再現するというような試みははじめて見たので、とても興味深かったし、できあがった作品も面白かった。描いた本人の説明もあって、「なるほど、あの音楽のあの部分がこんな表現になったのね」というのがしっかり腑に落ちた。おかげで、抽象的な絵の表現に対して、今まで以上に親近感が沸いた気がする。

 演奏会の後には守安さんが話しかけてきてくれて(というのも僕が最前列の床に座り込んでうれしそうに聴いていたからだろう)、ちょっといろいろなおしゃべりができたのはうれしかった。アイルランドであれだけ友人を広げているだけあって、とても気さくな人柄の人。もしかしたら今日の演奏は本意ではなかった、というようなこともあったのかもしれないし、単に営業だったのかもしれないが、次の立川でのコンサートに誘っていただいたので、行ってみることにする。27日だ。

 さて翌日日曜日は演劇を見に。
 すっかりひいきになっている"It's Secret"の舞台で、今回もリキ入りまくりの素晴らしい作品だった。
 ふだん映画三昧というかビデオ三昧な日々を送っているので、たまにこうして人と直接対面する舞台、それも舞台と客席の距離が異様に小さい小劇場での劇を見ると、役者と観客の視線が交錯するコミュニケーションの双方向性というものをひしひしと感じる。

 特に今回はそうとう「観客参加型」を意識したホン・演出になっていたので、「映画を見るって受身だったんだなあ」という落差をなおさら感じた。
 たとえばヒロインは目が見えなくなった、という設定にすることで、舞台上の相手役との会話のなかで、遠慮なく客席のほうに視線を向け、客席に話しかける。視線を向ける、なんてものではなく、ほとんど睨みつけるような眼差しだ。僕らはその眼差しにちょっとびびる。急に話しかけられてしまってどう対応してよいかわからず、戸惑う。相手役は、それにフォローを入れるため、なかば俳優として、しかし同時に劇中の人物であることをやめずに、観客に語りかける。「お話の世界<>それを外から見る自分達」というフレームを一瞬宙吊りにすることで、俳優から見た「演じる」という行為の二重性を僕らが体験できるように作ってあった。これは下手をすると、自己中心的な楽屋落ちになって、舞台というフレームが作るリアリティをぶち壊してしまうのだが、そのあたりのバランスがとても上手く計算されていて、見事に盛り上げていた。

 今回の作品のもう一つの力点は、海というものをいかに舞台上で表現するか、ということだったんじゃないかと思う。特にゆれない舞台の上で、波に翻弄される船を表現するところは、大変意欲的に感じた。全身を使ったパントマイムの一種ともいえるのだと思うが、どうやってそうした感じが表現しているのか、練習の仕方、意識の使い方などに興味をそそられた。

 ストーリーに関して言えば、今回は比較的エンターテイメント志向の娯楽作品になっていて、たくさんの登場人物がひとりひとり違った動機付けでストーリーにからんでくるところをなかなか上手に表現できていたと思う。「主役とその他大勢」的にならないポリフォニックな作品を、わかりやすく仕上げる力量には舌を巻く(注3)。 次回作も大変楽しみだ。


注1 もっとも首都のダブリン市でも人口50万人、北アイルランドのベルファーストで30万人だから、札幌の180万人には遠く及ばない。つまり北海道に比せられるとはいっても、都市に人口が集中せず、わりとまんべんなく均一に人が住んでおり、小さな街であってもその文化や伝統、誇りをたもち過疎という問題が存在しないことがわかる。

注2
 実際僕らは、いわゆる美術科とか音楽科といった専門の高校だと信じこんでいたのだけれど、うちで調べてみるとごく普通の進学校であることが判明。
http://www.meikei.ac.jp/access/index.html
筑波大の前進である東京教育大の同窓会が母体となり、山の中に突如出現した研究学園都市の研究者たちが、自分の子ども達をきちんと育てるために作った学校らしい。言うなれば民間版ツクコマみたいな。

注3 ただし、一部の役については、前半の説明がちょっと足りないために、後半での活躍が唐突に見えたり(耳長の女の子)、存在感が薄すぎてあまり機能していない役(月毛)もあったりした。後者については、ひとつだけダブルキャストになっていたことからしても、役者の都合、といった面もあったのかもしれない。

 

 

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コメント

(五月の本がようやく終わり、
今頃の返事となってしまいました
すみません)

また観に来ていただいて 大変光栄です
その上 またこのように感想まで書いていただき・・
自分達の作品への感想はやはり宝物と一緒、そして
励み以外の何ものでもありません


ありがとうございます


また観に来ていただけたら
また感想をいただけたら
劇団員一同大変喜びます
次も変わらず力作で


お待ちしております

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