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2005年11月24日 (木)

『世界楽器入門』 郡司すみ著 

 素晴らしく示唆に富む本だった。
 特に興味深かったのが「風土と楽器」と題された章。

 まず楽器によく用いられる素材である皮革と木について、それが水分を吸収しやすい性格を持っていることから、風土と楽器の関わりの導入部となっている。

 その一例として、日本の小鼓と大鼓の対照について述べられる。小鼓は、柔らかく表情に富んだ音を出すことが特徴で、実際にその皮は、水で適度に湿らせることによって軟らかくして用いられる。軟らかい皮が柔らかい音を出すわけである。
 一方、大鼓のほうは、堅く突き刺すような音が特徴で、これも実際に皮を火などで乾燥させることによりそうした堅さを実現している。

 これは日本の一定の風土の中で、「湿」と「乾」のそれぞれの風土に育てられた楽器とその音色を実現するための一つの工夫であると考えられる。

 木についていえば、湿度の変化による変形と材料の入手自体が問題になる。湿潤な地域では変形にたえうるように一本の木を刳り貫いたり、竹をそのまま用いたりして楽器を製作することが多く、そのための材料も比較的容易に手に入る。一方、乾燥した地域ではこうした問題が起こりにくいのと、楽器にそのまま用いることができるようなちょうどよい材料が手に入りにくいこともあって、薄い板などの部品を組み合わせて楽器が製作されることが多い。こうした地域では、加工前に木材をゆっくり時間をかけて最適な水分量まで乾燥させることも容易である。
 音としては薄い板などを用いた楽器のほうがより明るく華やかな音色がし余韻も大きいのに対し、一本の木を刳り貫いたり瓢箪や竹筒などをそのまま用いた楽器の方が暗い音色となる。
 このような楽器の違いはこれまで「進んだヨーロッパ<>遅れたその他地域」という図式だけで解釈されることがしばしばだったが、こうした「乾<>湿」という風土の違いも大きな働きをなしていたことが指摘されている。

 さらに、風土の反映として、人々の住環境の違いも指摘されている。
「高温多湿地域においては、それぞれの地域に恵まれた竹、木、藁などを用いて開放的な家が造られ、楽器は屋外か、あるいはそれに近い、音の放散度の高い条件の中で奏されている」p.99
 もちろんそうした環境で用いられる楽器は「強い刺激が含まれる」ことが多くなる。彼女の言う「刺激」とは、音量だけでなく、高音の要素の多い音質なども意味しているようだ。
 一方、低温の地域の住居は高い気密性が要求され、壁は石や煉瓦など音を反射させやすいものが用いられる。室内での活動の割合も大きく、必然的に楽器は静かな沈黙の空間を軟らかく満たすものが多くなる。

 この対立は同じ風土の中でも、室内の音楽と野外の音楽の差にも同様に見られ、それは聖<>俗の対立、貴族<>民衆の対立にそのまま反映することとなる。

 同じヨーロッパの音楽とは言っても、いわゆるクラシック音楽は、教会や宮廷など、こうした大きな残響のある隔絶された空間を前提としていったん成立した。いわゆる古楽器は、そうした要請に答えてできあがった楽器であり、その小さな音量は、単に技術力が十分に進んでいなかったからそのような状態にとどまったのではなく、むしろ当時の音楽の理想を実現するものだった、と郡司は考えている。

 バロック以後の西洋古典楽器の進化は、教会の内部装飾と木材の使用の増加に伴う反響の減少や、床を敷物に覆われ、大きさ的にも反響の効果が十分得られない貴族の館の一室での演奏を前提に進んでいったらしい。それが18世紀の変化。音楽史的に言えば、18世紀前半がバッハ、ヘンデルの時代、後半がハイドン、モーツァルトの時代にあたる。

 さらに19世紀初頭から、大きな演奏会で、ヴィルトゥオーゾが多くの聴衆のために演奏する、という機会が急激に拡がったことで、楽器はさらに二つの方向で進化していく。
「その一つは、正確で速い演奏を目指す奏者の動きを楽器の上に効果的に伝えることのできるメカニズムと、その動きを余すところなく音に変える音響的な機能であり」「他の一つは多数の聴衆で満たされた広い演奏会場の隅々まで十分に音が聞こえるような音量」だった(p.103)。

 こうした変化の社会構造的な背景について郡司はとくに述べていないが、それらも「風土」のひとつとして考えることができるだろう。

 なお、ここで見た「聖<>俗の対立、貴族<>民衆の対立」は、楽器の貴賎に関するイメージとも関係していることが「思想メディアとしての楽器」pp.131-135で述べられている。上記の対立で前者を代表するハープやリュートという楽器は、「聖書や神話に登場する(高貴)」「音が小さい(上品)」「音色が柔らかく、減衰の余韻がある(優雅)」「構造が複雑・繊細である(知的)」「演奏が難しい(高度)」「形が美しい(芸術的)」「演奏姿勢が優美である(容姿端麗)」「壊れやすくたびたび修理しなければならない(富)」などというイメージを形成しているようだp.131。
 これに対して低いイメージを持たれていたのが(初期の)バグパイプや口琴であり、ほぼ正反対の性格を持っていたことが関係しているのだろう。

 この本で他に興味深かったのが、楽器製作の産業・教育との全体的システムに関する短い考察だった。音楽学の人が、こういう社会学的な分析まで行っていることに、知識の深みを感じた。

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