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2006年9月 7日 (木)

暦の歴史と社会学

月の名前について

January はヤヌス神から。
February は、贖罪の祭(Februltus)が行われる。
March は軍神マルスから (「コアラのマーチ」のmarchはフランス語のmarcher〔歩く〕からで別語源)。
April の語源は不明。ラテン語(aperire 開く)という語からという説と、ギリシャ神話のアフロディーテ(Aphrodite)にちなんだAphrilisという名前が変化したという説が有力。
May はマイア(Maia)から。プレアデスの七人姉妹の長女。豊穣の神。
June はユノー(Juno)から。ギリシャ神話のヘラ。
Julyはユリウス・カエサル(英名:ジュリアス・シーザー)から。
Augustはアウグストゥス(オクタヴィアヌス)から。
9月以降は数字の7、8、9、10から来ている。シーザーとアウグストゥスが自分の名前を月の名前にする以前には、JulyとAugustも5の月、6の月と呼ばれていた。

 つまりもともとはMarchから暦ははじまっていたのだ。そのNuma暦では10の月で名前のある月は終わり、冬の間は月の名前がなかったが後からJanuraryとFebruaryが冬の月の名前として加えられた。贖罪の祭が行われるのも、閏年の日数調整が行われるのもそれが年末だったからだ。しかし後から加えられたJanuaryに名前を取られたヤヌス神が時の最初と終わりを司るという意味を持ったため、紀元前153年以降公式に、Januaryが新年の月とされるようになった。その政治的な事情として、Wiki(英語版)は、選挙期間中に執政官直属の軍が動かせるようにするため、時の二人の執政官が暦の順番を変えたのではないかとしている。もっともそれ以前からヤヌスの月を新年と結びつける習俗はあったらしい。

なぜJanuary1が、現在のあの日になったのか
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0310.htm
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_1700.htm
を読んでもらうとここによくまとまっているのだが、ポイントは4つ。

1 BC47年に、シーザーが3月25日を春分の日になるようにした。そこから1月1日が逆算で決まった(ちなみにシーザーとその次のアウグウトゥスが月の日数を決めた際、慣習上年末であったFebruaryの日数を短くして調整した)。

2 シーザーが制定した4年に一度閏年をおくユリウス暦では1年は365.25日となり、地球の公転周期365.2421987日よりも長くなってしまうため、128年に1日の誤差ができる。

3 AD325年にニケア公会議で、イースターを決めるために用いる「春分の日」を暦上の3月21日に固定した。(ユリウス暦のはじまった400年後だったので、春分の日が4日ずれていた)。

4 それからさらに暦はずれ続け、イースターを決めるための「春分の日 3月21日」は、本当の春分の日から大きく遅れていった。そこで1582年にグレゴリオ13世が改暦をし、10日間ずらして、3月21日が本当の春分の日になるようにした。また今後もずれていかないように閏年の決まりを調整をした。

 ちなみに3月25日を春分の日になるようにしたのは、当時二つの暦があり、公式の暦の3月25日が、春分の日からはじまる農業用の暦の新年にあたることになっていたからだ、という説がある。(http://www.faeriefaith.net/Calendar.html より。このHP自体の情報は、Irwin, Keith G. The 365 Days - The Story of Our Calendar. 1964. Thomas Y. Crowell Co., New York から)。
 なお3月25日が春分の日になったので、12月25日が冬至となった。これがクリスマスが12月25日になった直接の理由と考えられる。当時ローマで信仰を集めたミトラ教の冬至の祭から引用されたという説がある(Wikipediaより)。
 さらに、この12月25日から逆算して9ヶ月前の3月25日が受胎告知の日とされ、この日を新年とする暦が中世ヨーロッパの多くの国で用いられていた。イングランドでは1752年までその暦が使われており、現在でも税制年度が切り替わる4月6日はユリウス暦とのずれを反映したそのままである。

教訓
1 僕らの世界は、恣意的な歴史的決定の積み重ねの上にできあがっている。

1月1日があの日であることには、合理的な理由などない。また月の名前など暦にまつわる様々な要素はそのときどきに少しずつ変わっていったため、全体的な理論の統一がはかられているわけでもない。

2 ただし決定の過程自体は歴史的かつ恣意的であっても、その運用は同時代的な論理に従って、合理的に行われる。
恣意的に決まった1月1日だが、どこの地域でもカレンダーを一つに統一する必要がある、という点は合理的な理由だった。そもそもの恣意性はその合理性には影響を及ぼさない。月の名前、週の名前の決め方も歴史的な恣意性によるが、そうした恣意的なシンボリックな意味は、そのときどきの現実との関係によって意味が置き換わっていく。現在水曜日に「水」なり商業の神マーキュリーなりを連想するような人はほとんどいず、それは週休二日制というリズムでかたちづくられるウィークデイの真ん中で、いろいろなお店が定休日にしていたりする、というような意味合いのほうが決定的である。

3 もっともそうした歴史的に沈殿していくシンボリックなイメージは、合理的な活動の外で人々の行動に影響を与えている。その典型例が占星術である。
人々がシンボリックな意味に影響を受けて行動しているのなら、それを予測する論理もシンボリックなものでなければならない。その意味で占星術には、株価を予想する社会心理学的な理論と似たプラクティカルな合理性があるとも言える。ただしそれが当たるか当たらないかには、人がそうしたイメージでそもそも生きているかに束縛を受ける。

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