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2006年9月11日 (月)

貧困地区の自己崩壊

 昨日、二ヶ月前に盗まれた僕のバイクが帰ってきた。死んだこどもが返ってくることを願った猿の手の話のように、次の願いはゾンビと化したそのバイクに去ってもらうことになるだろう。
川の中に落ちているところを見つかったそうだ。長い間水につかっていたのであちこちに藻が絡まり、鉄製の金具は錆びはじめていた。電気系統も当然いかれているだろう。エンジン始動キーの部分はもちろん壊されているし、キーで開ける方式のガソリンタンクはこじあけようとして失敗したらしく、鍵を差しても回らない。
 面白半分に盗んで、技術が足りないので給油もできず、すぐに使えなくなって川に投げ込まれたのだろう。盗まれて改造され、それなりに大事に使われていたのならまだ救われるが、この有様は純粋な悪意でしかない。自分の住む場所をスラムと呼びたくはないが、貧困が自らの地域を崩壊に導いていくはじめの一歩とも言えるだろう。低所得層向けの公営住宅が並ぶこの地区ではナンバープレートのはずされた車が放置され、収集日を無視したゴミがカラスに荒らされ散乱していることを見るのも稀でない。母子寮からは毎日すさまじい悪態が聞こえ、こどもの泣き声が響き渡っている。

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