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2007年5月 7日 (月)

blog 再開

Blog再開します。

 連休に訪れたところ・催し。

It’s secret 「月に咲く花のようになるの」

宇都宮美術館 「シュールレアリズム展」

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

              オーヴェルニュ室内管弦楽団 アリ・ヴァン・ベーク(c)

                            ドヴォルザーク「弦楽セレナード」 グリーグ「ホルベアの時代より」

              デジュー・ラーンキ、エディト・クルコン (p)

                            バルトーク「子どものために」「中国の不思議な役人」

              仲道郁代(p)、シンフォニア・ヴァルソヴィア ペーテル・チャバ(c)

                            グリーグ 「ピアノ協奏曲」、シベリウス「悲しきワルツ」「フィンランディア」

              アナ・キンタシュ(sop)、ピーター・ハーヴィー(bar) ローザンヌ声楽アンサンブル 

シンフォニア・ヴァルソヴィア、 ミシェル・コルボ(c)

              フォーレ「レクイエム」

アンドレイ・コロベイニコフ、ボリス・ベレゾフスキー

              ラフマニノフ 組曲第一番「幻想的絵画」

              ボロディン 「だったん人の踊り」

水天宮

山種美術館 「山種コレクション名品選」

国立近代美術館 「靉光展」

It’s Secret

前回の作品はまとめきれなかった印象があったが、今回は上手に流れていたように思う。脚本は宇大の新人さん(高橋大樹)で、単独で書くのはたぶんこれがはじめてらしい。若さにあふれ、アイディアをつめこみながらも、とにかくちゃんと最後まで破綻せずにまとめきっている。自身も主人公として、多層的なストーリーの中で一人何役もこなしながら、それらを混乱させず・テンポよく上手に場面をつないでいる。ただ、最後の方は少し見るほうでちょっと疲れてしまった。会場が意外に寒くて震えていたからかもしれない。

宇都宮美術館

シュール・レアリズムはどうしてもひとりよがりに見えてしまう。無意識というものの発見に沸き立つ当時の雰囲気はわからないでもないが、その面白さを感じられるのは、それにはじめて出会った頃だけのようだ。中高生がこっくりさんにしばらくはまった後にほとんどみな卒業していってしまうのと同様のように思える。

その日の午後、美術館と同じ敷地の公園で、妻と一緒にリコーダーを吹いているとかつての名子役山崎裕太似のかわいい男の子が寄ってきて熱心に聴いてくれていた。小学校でリコーダーのグループの演奏を聴いたこともあるらしく、リコーダーが大好きなようだ。うまれてくるうちの子どももあんなにかわいい子に育つといいなと思った。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

 ラ・フォル・ジュルネも今年で三回目。今回は夜10時からという、クラシックとしては異例な時間に設定されたコルボのフォーレ・レクイエムを中心にチケットをとった。去年も同じコルボ、ローザンヌ、ヴァルソヴィアという組み合わせでモーツァルトのレクイエムを聴いたのだが、5000人の巨大でかつ音響の悪いホールではほとんどまともな音が聴こえなかった。その反省をもとに今年は1000人の小さめなホールで少しでもよい条件の席を何とか確保して臨んだ。それがこの五月五日の夜の公演だったわけだ。席も二列目のど真ん中という、反響をほとんど期待できないホールでのベストコンディション。

 演奏は、これまで聴いたあらゆる合唱曲でも最高の出来だった。最後のイン・パラディーソが終わり、レクイエムの慣例からしばらく沈黙の後、おそるおそるはじまった拍手は最後にはブラボーの連呼となっていた。

 コルボの穏やかで細部まで心のこもった指揮とともに、バリトンのハーヴィーさんの飾らぬ静かで力強い声に特に心打たれた。

他オーヴェルニュ室内管弦楽団は誠実な演奏、ラーンキ夫妻のバルトークは、一人が4手を駆使したかのような息のあったところを見せていた。ペーテル・チャバの指揮は今ひとつ。ピアノ協奏曲では、仲道と合わせようという意思をまったく見せず、仲道は怖い主人に従う子犬のようだった。シベリウスの交響曲もバラバラでオケの一体感はまるで感じられなかった。コロベイニコフは指が回りきっていなくて、まだまだこれからと感じた。

山種美術館では、土牛の醍醐の桜や竹内栖鳳の班猫など、見たかった作品に出会えて幸せいっぱい。それら以外に速水御舟という画家を今回はじめて知った。コレクション名品選は前期と後期で総入れ替えをするようなので、ぜひ六月からの後期も訪れたい。

国立近代美術館の靉光展は、期待したほどのインパクトはなかった。「美の巨人たち」という番組で取り上げられていたときには、どんなにか凄みのある絵なんだろうと想像したのだが、実際に見てみるとよく分からなかった。

所蔵品ギャラリー「近代日本の美術」の方は楽しめた。ここで特にインパクトがあったのは、川合玉堂の行く春と菊地芳文<小雨ふる吉野>の屏風絵。山種で見た御舟の「名樹散椿」もそうだったが、これらの日本画は、圧倒的な構図と、細部までの描きこみとの同居に本当に驚かされる。畦地梅太郎の版画の特集コーナーも楽しめた。版画なのに、肉筆のような温かみのあるタッチに惹かれた。

とはいえ、国立美術館ならでは名品ぞろいの割には、たとえば山種のような個人コレクションのような親しみが感じられず、一つ一つの作品に対してどうしても距離を感じてしまう。公立の美術館の在りようの難しさを改めて感じた。

                           

 

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