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2007年5月30日 (水)

「日本語は進化する」加賀野井秀一 

「かわいいおばあちゃん」を書き上げた後、二つの方向でこの研究を発展させることを考えている。一つは、これを比較文化研究にすることで、もう一つは言語=社会共進化の理論をつくりあげることである。

 後者の方向でとりあえず新書レベルの本から読んだ本の一冊がこの加賀野井の「日本語は進化する」(NHKブックス 2002)である。

 加賀野井の中心的な主張を簡単にまとめると、

 言文一致運動以前と以後の日本語は、次のような点で大きな変化を遂げ、その結果より論理的な思考を可能とさせるような言語となった。

              1 文体を統一する

言文一致以前は、生活の言語と書き言葉の言語が文体的にほとんど共通点がなく、切り離されており、書き言葉に関しては生活から切り離されて単なる大言壮語で因習的な儀礼的言語になってしまっていた。逆に生活の言語は、社会的な問題から切り離され、世俗のトリヴィアルな事柄のみにかかわずらうようになってしまっていた。文体の統一は、こうした問題を解消し、社会の問題について地に足のついた表現が可能となった。

2 コノテーションを限定する

言文一致以前には、言語が歴史的に持っている特有性が強すぎたために、表現が詩的な印象を羅列することに終わりがちだった。こうしたコノテーションの要素を絞り込んでいくことで、言語はより機能的に・普遍的な表現が可能となった。

→ この点に関して加賀野井はこれ以上分析していないが、社会学的には、豊かなコノテーションの利用は教養の表現という機能をそれまでは担っており、そうした機能をあきらめることにより、それほど教養のない層においても「正しく語る」ことが可能となったと考えられる。

また、コノテーションの絞込みには、言葉から連想するものを共有しない異文化との接触もまた大きな役割を担ったはずである。

3 言語の論理表現力と分析性を高める

論理表現力とは、翻訳を通じて他言語の語法を取り込むことにより、言語が論理を表現できるようになることである。分析性とは、シニフィアンとシニフィエの一対一対応化を進め、概念を要素に分解し、部品的な言葉の組み合わせで表現することである。前者については、加賀野井は主に漱石における英語的な表現の日本語への組み込みを例に挙げている(pp.67-76)。ただしそうした「組み込み」がそもそも可能となったのは、漢文読み下しにより中国語の論理表現が定着していたからだとする。後者の分析性の高まりの例としては、助動詞の削減複合化という現象を挙げる(pp.181-182)

 

 結局、現代の僕らが書き、話す言語は、他の言語との翻訳というやり取りを通じて、それらの言語と同じような表現力を備えている、ということになる。もっとも言語は、僕らの社会関係を反映するものであるから、日本社会の持つ上下関係、男女関係に対応した形で、その言語を発達させているし、またそうした言語がそのような社会関係を可能にしているとも言えるだろう。こうした点に関する加賀野井の分析は、社会学者からすれば常識レベルを越えず、どこかで聞いたような話にとどまっている。

 また日本語の膠着語的性質から、助詞・助動詞を足してさえやれば、名詞・動詞の部分については、外来語をそのままはめこむことができることが一体何を産むか、という議論もなされている。そこで柳父の「カセット効果」論が引用され、そうした安易な借用により、わけもわからず言葉を用いる傾向があると論じられている。しかし概念の意味をよく理解せずともその言葉が使えてしまうのは、別に日本語に限らない。欧米人だって、もっともらしくラテン語を用いるということはよくやっているし、知ったかぶりをして難しい概念を用いて話すような人はいくらでもいる。加賀野井は、「スリルとサスペンス」というクリシェにおけるサスペンスの意味を、ほとんど学生が答えられなかったということをこのカセット効果の例に挙げているが、こうしたクリシェの意味は、語用と文脈から僕らはそもそも判断しているのであり、サスペンスだけをとりだしてその意味がよくわからないというのは無理もないだろう。「火曜サスペンス劇場」を知っていれば、サスペンスが、「怖い」「はらはら・どきどきする」という意味であることは推測できるはずだ。そこから先のsuspenseの原義など、英語がそれほど得意でない学生が知らないのは無理もない。それはたとえばThursdayのうちのThursとはどういう意味か、アメリカ人に聞いたところでほとんど答えられないだろうということと同じではないだろうか。

 確かに英語以外の言語をほとんど知らないし使うつもりもないアメリカ人・イギリス人が、日本人よりも比較的地に足のついた言葉を使っているのは事実かもしれない。英語の歌の中で、さびの部分で突然外国語を混ぜるというようなことも彼らはしないだろう。かといって、彼らとて、たとえば社会学理論を大学で習った後、その後、中身をよく覚えていずになんとなく印象でその社会学理論の名前だけを用いるなどということは、日本人の学生とそう変わるまい。

 ただし、生活の言葉から切り離された哲学の翻訳語の問題などは、上記の1の問題の再現でもあるとは言える。フランスの哲学が普遍性を持ちづらいことは、上記の2の問題がいまだフランスにおいて解決していないからとも言えるだろう。

2007年5月 7日 (月)

blog 再開

Blog再開します。

 連休に訪れたところ・催し。

It’s secret 「月に咲く花のようになるの」

宇都宮美術館 「シュールレアリズム展」

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

              オーヴェルニュ室内管弦楽団 アリ・ヴァン・ベーク(c)

                            ドヴォルザーク「弦楽セレナード」 グリーグ「ホルベアの時代より」

              デジュー・ラーンキ、エディト・クルコン (p)

                            バルトーク「子どものために」「中国の不思議な役人」

              仲道郁代(p)、シンフォニア・ヴァルソヴィア ペーテル・チャバ(c)

                            グリーグ 「ピアノ協奏曲」、シベリウス「悲しきワルツ」「フィンランディア」

              アナ・キンタシュ(sop)、ピーター・ハーヴィー(bar) ローザンヌ声楽アンサンブル 

シンフォニア・ヴァルソヴィア、 ミシェル・コルボ(c)

              フォーレ「レクイエム」

アンドレイ・コロベイニコフ、ボリス・ベレゾフスキー

              ラフマニノフ 組曲第一番「幻想的絵画」

              ボロディン 「だったん人の踊り」

水天宮

山種美術館 「山種コレクション名品選」

国立近代美術館 「靉光展」

It’s Secret

前回の作品はまとめきれなかった印象があったが、今回は上手に流れていたように思う。脚本は宇大の新人さん(高橋大樹)で、単独で書くのはたぶんこれがはじめてらしい。若さにあふれ、アイディアをつめこみながらも、とにかくちゃんと最後まで破綻せずにまとめきっている。自身も主人公として、多層的なストーリーの中で一人何役もこなしながら、それらを混乱させず・テンポよく上手に場面をつないでいる。ただ、最後の方は少し見るほうでちょっと疲れてしまった。会場が意外に寒くて震えていたからかもしれない。

宇都宮美術館

シュール・レアリズムはどうしてもひとりよがりに見えてしまう。無意識というものの発見に沸き立つ当時の雰囲気はわからないでもないが、その面白さを感じられるのは、それにはじめて出会った頃だけのようだ。中高生がこっくりさんにしばらくはまった後にほとんどみな卒業していってしまうのと同様のように思える。

その日の午後、美術館と同じ敷地の公園で、妻と一緒にリコーダーを吹いているとかつての名子役山崎裕太似のかわいい男の子が寄ってきて熱心に聴いてくれていた。小学校でリコーダーのグループの演奏を聴いたこともあるらしく、リコーダーが大好きなようだ。うまれてくるうちの子どももあんなにかわいい子に育つといいなと思った。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

 ラ・フォル・ジュルネも今年で三回目。今回は夜10時からという、クラシックとしては異例な時間に設定されたコルボのフォーレ・レクイエムを中心にチケットをとった。去年も同じコルボ、ローザンヌ、ヴァルソヴィアという組み合わせでモーツァルトのレクイエムを聴いたのだが、5000人の巨大でかつ音響の悪いホールではほとんどまともな音が聴こえなかった。その反省をもとに今年は1000人の小さめなホールで少しでもよい条件の席を何とか確保して臨んだ。それがこの五月五日の夜の公演だったわけだ。席も二列目のど真ん中という、反響をほとんど期待できないホールでのベストコンディション。

 演奏は、これまで聴いたあらゆる合唱曲でも最高の出来だった。最後のイン・パラディーソが終わり、レクイエムの慣例からしばらく沈黙の後、おそるおそるはじまった拍手は最後にはブラボーの連呼となっていた。

 コルボの穏やかで細部まで心のこもった指揮とともに、バリトンのハーヴィーさんの飾らぬ静かで力強い声に特に心打たれた。

他オーヴェルニュ室内管弦楽団は誠実な演奏、ラーンキ夫妻のバルトークは、一人が4手を駆使したかのような息のあったところを見せていた。ペーテル・チャバの指揮は今ひとつ。ピアノ協奏曲では、仲道と合わせようという意思をまったく見せず、仲道は怖い主人に従う子犬のようだった。シベリウスの交響曲もバラバラでオケの一体感はまるで感じられなかった。コロベイニコフは指が回りきっていなくて、まだまだこれからと感じた。

山種美術館では、土牛の醍醐の桜や竹内栖鳳の班猫など、見たかった作品に出会えて幸せいっぱい。それら以外に速水御舟という画家を今回はじめて知った。コレクション名品選は前期と後期で総入れ替えをするようなので、ぜひ六月からの後期も訪れたい。

国立近代美術館の靉光展は、期待したほどのインパクトはなかった。「美の巨人たち」という番組で取り上げられていたときには、どんなにか凄みのある絵なんだろうと想像したのだが、実際に見てみるとよく分からなかった。

所蔵品ギャラリー「近代日本の美術」の方は楽しめた。ここで特にインパクトがあったのは、川合玉堂の行く春と菊地芳文<小雨ふる吉野>の屏風絵。山種で見た御舟の「名樹散椿」もそうだったが、これらの日本画は、圧倒的な構図と、細部までの描きこみとの同居に本当に驚かされる。畦地梅太郎の版画の特集コーナーも楽しめた。版画なのに、肉筆のような温かみのあるタッチに惹かれた。

とはいえ、国立美術館ならでは名品ぞろいの割には、たとえば山種のような個人コレクションのような親しみが感じられず、一つ一つの作品に対してどうしても距離を感じてしまう。公立の美術館の在りようの難しさを改めて感じた。

                           

 

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