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2009年2月 7日 (土)

『永遠の0ゼロ』百田尚樹作  ---戦争を単なる善悪のどちらかで割り切ってしまわないために

一般論として、まず戦争という手段を避けることができるなら避けるべきだということは当然だ。
また特に太平洋戦争において、日本軍が集団としてなしてきたことの多くに、許すべからざる、あるいは愚かしく醜い問題があったということはもちろんだろう。
しかしだからといって、あの戦争で戦った一人一人の兵士の営みがすべて同じように断罪されるべきなのか、ということは別問題だ。

こうした考えがこの本の思想的な中心テーマをなしている。

戦争という、それ自体はよほどのことがない限り正当化しえないような状況においても、そうした状況の中での個人一人一人の行動には、その状況下でとれる行動の選択肢の範囲内において、平時と同じような善悪の判断基準があてはめうるのではないか。
その善悪の判断基準をかんたんな言葉にあらわせば、自らを大事にするように仲間を重んじるということになる。
もちろん戦争という状況下において、その「仲間」という範囲にはどうあっても「敵」はふくまれない。それこそが戦争という状況を招くことの問題ではある。
かといって、じゃあ戦争という状況下で行われるあらゆる個人の行為はすなわちすべて悪なのかというと、決してそうはいえないだろう、ということがこの小説の主張であるといってよいように思う。

これは、簡単に肯定することのできない、難しい問題ではあると思う。
一方で、こうした仲間を思った上での行動が、そもそも戦争という事態を支えているとも言える。
仲間のための自己犠牲という精神なくして軍隊はありえないからだ。

しかし一方で、人道的にまったく許せないようなこと(安易な例かもしれないがアウシュビッツ収容所のようなできごと)がなされているとき、それをとめる唯一の手段がもし戦争だったとするならば、それが戦争だというだけで否定することはできないのも確実である。

またもう一つの問題は、こうした仲間のための自己犠牲は、生死が直接関わらないような局面においては、とても否定できるようなものではないのである。
もっとも次のような極論も可能といえば可能かもしれない。
そうした平時においてさえ、人は自分を第一に生きるべきである。なぜなら、他者の自己犠牲を称揚するような社会は、結局誰かがそうした自己犠牲を利用し搾取につながるからである。
だから人はみな自分のための打算で他者と関わっていくような社会こそが、よい社会なのだと。

しかし僕らの感情はそうした極論を正当化することはとてもできない。
それは単にそうした社会に生きることの束縛によるのかもしれないが。

いずれにしてもこうしたことを真剣に考えさせ、しかもこうした重い問題を暗澹たる気分ではなく、共感をもって読み進めさせる、とても貴重な小説であることは間違いない。

戦争そのものの善悪と、その状況の中に生きた個人の生き様とを切り離して語れるようにできたのは、この作品の主人公ともいうべき宮部の「必ず生きて帰る」という決意からくる臆病さと飛行技術の巧みさとの共存という性格設定にある。

僕らはこうした時代離れした、ほとんど現代からタイムスリップしたような人物を、この時代の周りの人間が必ずしも受け入れていないという描写によって、逆にリアルに受け入れることができる。そして彼を通じて見た世界は、たとえば石原慎太郎が賛美するような「勇敢さ」を称揚するようなものではまるでない。

またこの作品では、過去の場面をすべて回想として、老人の語り口調の中で見せているのも、戦争のドラマティックな美化を避ける効果的な手法になっている。

日本海軍の愚劣な作戦を糾弾する言葉も無論、ベースにあるのは無駄な人命損失を避けるという、戦争の中におけるぎりぎりのヒューマニズムを前提としていて、「ああすれば勝てたはずなのに」というようなナショナリズム的高揚とは無縁だ。

とにかくすべての世代に読んでもらいたい、戦争文学の金字塔とも読んでいい作品だ。

ただ全体の話の枠組みを若い男の子が祖父の話を戦争の生き残りの老人たちにたずねてまわる、という設定にしたのはよいのだが、その聞き役の男の子の姉の恋愛をもからめた展開にしたことだけはまったくの蛇足だったように思う。

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