2008年12月10日 (水)

朝鮮王朝の絵画と日本 栃木美術館

お目当てだった若冲の樹下鳥獣図屏風が、展示替えでもうなくなっていたのは残念だったけど、朝鮮と日本の美意識の比較ができたのは楽しかった。

李王朝の屏風絵などは、モチーフ的には江戸時代の日本画と共通するのだが、画面を埋め尽くそうとする力がより強く、またモチーフの種類もより多く、僕らの感覚からすると美しさよりも圧迫感を感じるようなものがより多かったように思う。こんなにたくさんのこの時期の朝鮮の絵画を見たのははじめてだが、それでも偏りもあるのだろうから、この展覧会の絵だけでそう結論を出してもいいのかはわからないけれど。

2008年11月 1日 (土)

西洋美術館 ハンマースホイ展、国立博物館 大琳派展

史生を預けて行くはじめての、妻とのデート。
史生が昨晩大泣きしてちゃんと眠れず、なのに僕は別室で何事もなかったように
ぐーぐー寝ていたもので、朝起きたときの妻の機嫌は今ひとつ。

でも今日は二人にとってずっと待ちに待った日だったもので、
「すっごいたのしみだねぇ」とか何とかいいつつ妻をなだめながら、史生が吐いたミルクの後片付けをしてたりすると、妻の機嫌も戻ってくる。
しかし、預け先に告げている予定の時刻は迫るものの、史生はまだくーくー寝ているので、教育テレビをつけ、カーテンを開ける。
彼の大好きな「いないいないばあ」のオープニングテーマがはじまると、目を閉じたまま、「いないいないばあ」の歌詞にあわせて「ばあ」とか言いながら、そこそこ気持ちよく目が覚めたようだ。

適当に朝食を済ませ、車に乗り込み、預け先の保育園へ。「おでかけ、楽しみだねぇ」とかいいながらだまして楽しく連れてこられた史生は、まず車からうちの奥さんにおぶわれ、僕がすぐついてこないので泣き、さらに保育園の玄関先で母からも引き離されて、さらに泣きわめくが、どうしようもないのでそのまま預けて、駅に向かった。
さすがに気がとがめているようで、奥さんは、東京までの電車の中、しばしば「史生はもう泣いてないかなぁ」と口にしていたが、僕は今回はこうして預けるのが二度目だし、保育園の先生に直接引き渡したのは妻だったこともあって、「きっと今頃楽しく遊んでるよ」と慰め役に回っていた。

というようなイベントもあって、今回見てきた二つの展覧会だったが、両方とも期待通りあるいは期待以上のものだった。
史生も少しは外に出したほうがいい、という理性的な考えとは別に、やっぱりかわいそうなことをしているという気持ちもどうしてもあるから、そういう犠牲を払ってきてるんだという反動でのハイテンションというのもあったかもしれないけれど、琳派展の酒井抱一は特に素晴らしかった。

体力的には琳派展でかなり力を使い果たしてはいたんだけれど、せっかく東京まで来たんだしと、ちょっといいかもというくらいで入ったデンマークの近現代の画家ハンマースホイも、期待以上に個性的な人だった。

勤務先の大学にチラシが貼ってあって、煙るようなタッチが叙情的でちょっと楽しいかもと思ってみたハンマースホイだったけど、実際に作品群を一つ一つ見はじめていくと、展覧会のオープニングの数作品の時点ですでに、画家に対する印象はすっかり変わってしまった。
特に僕がひきつけられたのは、《リネゴーオンの大ホール》(1909)。
そこに描かれているのは単にがらんとした部屋にすぎないのだけれど、絵を見ているというよりはその部屋に自分が置き去りにされて、途方に暮れているようなそんな気持ちになっていく。
「絵の世界に引き込まれていく」という言葉があるが、まさにそんな思いだった。現実感覚さえ奪われて、自分がどこにいるのかわからなくなるようなそんな力を絵に感じたのは、それがはじめてだったかもしれない。
ただ大きな展覧会を見た後だったから、生活感の消された部屋にたたずむ人物の後姿や、その人さえ消え去った無人の部屋を、同じスタイルで偏執的に何枚も何枚も描かれているのを見ると、それらにこめられた画家の思いにひとつひとつつきあっていくだけの体力が残っていなかったのが残念。
なお展覧会では、彼が何枚も何枚も描いた、家具のほとんどないがらんとした「自宅」の内部のコンピューターシミュレーションが公開されていた。まさにそんな形で、その世界にじっくり入り込みたくなるような作品で、このシミュレーションを作ってしまった人の気持ちがとてもよくわかった。

http://www.shizukanaheya.com/key/visit/index03.html#menu

2007年5月 7日 (月)

blog 再開

Blog再開します。

 連休に訪れたところ・催し。

It’s secret 「月に咲く花のようになるの」

宇都宮美術館 「シュールレアリズム展」

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

              オーヴェルニュ室内管弦楽団 アリ・ヴァン・ベーク(c)

                            ドヴォルザーク「弦楽セレナード」 グリーグ「ホルベアの時代より」

              デジュー・ラーンキ、エディト・クルコン (p)

                            バルトーク「子どものために」「中国の不思議な役人」

              仲道郁代(p)、シンフォニア・ヴァルソヴィア ペーテル・チャバ(c)

                            グリーグ 「ピアノ協奏曲」、シベリウス「悲しきワルツ」「フィンランディア」

              アナ・キンタシュ(sop)、ピーター・ハーヴィー(bar) ローザンヌ声楽アンサンブル 

シンフォニア・ヴァルソヴィア、 ミシェル・コルボ(c)

              フォーレ「レクイエム」

アンドレイ・コロベイニコフ、ボリス・ベレゾフスキー

              ラフマニノフ 組曲第一番「幻想的絵画」

              ボロディン 「だったん人の踊り」

水天宮

山種美術館 「山種コレクション名品選」

国立近代美術館 「靉光展」

It’s Secret

前回の作品はまとめきれなかった印象があったが、今回は上手に流れていたように思う。脚本は宇大の新人さん(高橋大樹)で、単独で書くのはたぶんこれがはじめてらしい。若さにあふれ、アイディアをつめこみながらも、とにかくちゃんと最後まで破綻せずにまとめきっている。自身も主人公として、多層的なストーリーの中で一人何役もこなしながら、それらを混乱させず・テンポよく上手に場面をつないでいる。ただ、最後の方は少し見るほうでちょっと疲れてしまった。会場が意外に寒くて震えていたからかもしれない。

宇都宮美術館

シュール・レアリズムはどうしてもひとりよがりに見えてしまう。無意識というものの発見に沸き立つ当時の雰囲気はわからないでもないが、その面白さを感じられるのは、それにはじめて出会った頃だけのようだ。中高生がこっくりさんにしばらくはまった後にほとんどみな卒業していってしまうのと同様のように思える。

その日の午後、美術館と同じ敷地の公園で、妻と一緒にリコーダーを吹いているとかつての名子役山崎裕太似のかわいい男の子が寄ってきて熱心に聴いてくれていた。小学校でリコーダーのグループの演奏を聴いたこともあるらしく、リコーダーが大好きなようだ。うまれてくるうちの子どももあんなにかわいい子に育つといいなと思った。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007

 ラ・フォル・ジュルネも今年で三回目。今回は夜10時からという、クラシックとしては異例な時間に設定されたコルボのフォーレ・レクイエムを中心にチケットをとった。去年も同じコルボ、ローザンヌ、ヴァルソヴィアという組み合わせでモーツァルトのレクイエムを聴いたのだが、5000人の巨大でかつ音響の悪いホールではほとんどまともな音が聴こえなかった。その反省をもとに今年は1000人の小さめなホールで少しでもよい条件の席を何とか確保して臨んだ。それがこの五月五日の夜の公演だったわけだ。席も二列目のど真ん中という、反響をほとんど期待できないホールでのベストコンディション。

 演奏は、これまで聴いたあらゆる合唱曲でも最高の出来だった。最後のイン・パラディーソが終わり、レクイエムの慣例からしばらく沈黙の後、おそるおそるはじまった拍手は最後にはブラボーの連呼となっていた。

 コルボの穏やかで細部まで心のこもった指揮とともに、バリトンのハーヴィーさんの飾らぬ静かで力強い声に特に心打たれた。

他オーヴェルニュ室内管弦楽団は誠実な演奏、ラーンキ夫妻のバルトークは、一人が4手を駆使したかのような息のあったところを見せていた。ペーテル・チャバの指揮は今ひとつ。ピアノ協奏曲では、仲道と合わせようという意思をまったく見せず、仲道は怖い主人に従う子犬のようだった。シベリウスの交響曲もバラバラでオケの一体感はまるで感じられなかった。コロベイニコフは指が回りきっていなくて、まだまだこれからと感じた。

山種美術館では、土牛の醍醐の桜や竹内栖鳳の班猫など、見たかった作品に出会えて幸せいっぱい。それら以外に速水御舟という画家を今回はじめて知った。コレクション名品選は前期と後期で総入れ替えをするようなので、ぜひ六月からの後期も訪れたい。

国立近代美術館の靉光展は、期待したほどのインパクトはなかった。「美の巨人たち」という番組で取り上げられていたときには、どんなにか凄みのある絵なんだろうと想像したのだが、実際に見てみるとよく分からなかった。

所蔵品ギャラリー「近代日本の美術」の方は楽しめた。ここで特にインパクトがあったのは、川合玉堂の行く春と菊地芳文<小雨ふる吉野>の屏風絵。山種で見た御舟の「名樹散椿」もそうだったが、これらの日本画は、圧倒的な構図と、細部までの描きこみとの同居に本当に驚かされる。畦地梅太郎の版画の特集コーナーも楽しめた。版画なのに、肉筆のような温かみのあるタッチに惹かれた。

とはいえ、国立美術館ならでは名品ぞろいの割には、たとえば山種のような個人コレクションのような親しみが感じられず、一つ一つの作品に対してどうしても距離を感じてしまう。公立の美術館の在りようの難しさを改めて感じた。

                           

 

2006年3月 1日 (水)

東京都美術館(バーク・コレクション展) 江戸東京博物館

先週末は東京都美術館(バーク・コレクション展)・江戸東京博物館(江戸の学び?教育爆発の時代)をはしご。
バーク・コレクションはメアリー・バークという一女性が60年代から集め始めた日本美術のコレクション。
そんなときからはじめてこれだけのものを集めえたというのが驚き。円が安かったというのもあるかもしれないが、そもそもこんな名品が売りに出されていたんだなあ。館内のテレビで、バークさんがつくったギャラリーの中でどのようにコレクションが展示されているかを映し出していたが、日本的な畳の空間の中に実に自然に並べてあった。後で調べてみるとそれは

素晴らしい作品はほとんど最後のフロアに集まっていた。見ていて何とも幸せな気持ちにさせてくれたのが与謝蕪村の屏風画。雄大な風景のおおらかな描写に包みこまれるような感動。描いていた蕪村の感じていた幸せをみんなもらえるようなそんな作品。
与謝蕪村って俳句を詠む人じゃなかったっけ??? 勘違い?と思っていたらちゃんと同一人物だった。
高校生の頃に生半可にかじった『第二芸術論』に洗脳されて、俳句の世界そのものに疑念を覚えるようになっていただけに、これだけの絵を描く人が人生をかけたものなら信用すべきなんだろうと思った。

他によかったのは酒井包一の桜の花の屏風。さくらのくっきりとした鮮明な輪郭が印象的。それだけ見ると不気味でさえある緑の苔も桜の美しさをよくひきたてていた。もちろんもともとのお目当てだった若冲や蕭白も楽しかった。

江戸東京博物館はちょっと残念なでき。収集された歴史的資料の展示と、ミニチュアなどによるわかりやすい「江戸の町の再現」の組み合わせが中途半端で、どちらも生かされていない印象を受けた。面白くもなければ勉強にもならない。本物に触れたという感動もない。
企画展の「江戸の学び」も今ひとつ。教育というものにひたりきっている僕らにとって、江戸の人も教育を受けていた、ということはそれ自体では驚きをもたらさない。<それまで必要とされなかった教育がなぜこのときにそれだけ拡がっていったのか>そういう問いがでてきてはじめて興味深いものになるはず。
また「一斉授業がなかった」ということについても、公文式みたいなスタイルの教育は今でも日本に残っているわけなんだから、そういう連続性を指摘した上でどう違うのかを見ていくとか、
一斉授業になることでこどもたちの規律訓練のありようがどう変わったのか、とかそんなふうにきちんとテーマを決めて比較していかないと、何がなんだかよくわからなくて終わってしまう。こういう展示を企画するのも論文を書くのも変わらないんだなあと改めて感じた。

2005年11月17日 (木)

ショーン・ライアンコンサート と "It's Secret"「シャムナム団の風!」

 今週末は土日に連続して二つのイベントがあった。
 土曜日は、現在来日しているショーン・ライアンのミニ・コンサート、日曜日は、"It's Secret"の第十四回公演「シャムナム団の風!」。

 ショーン・ライアンはアイルランドのホイッスル奏者で、今回は友人の守安夫妻の招きで来日したようだ。守安さんは、日本におけるアイルランド音楽普及の第一人者とも言える人で、現地とのつながりがとても深い。
アイルランドは人口390万人、北アイルランド(170万)とも合わせると、全島の人口・面積はちょうど北海道(570万)と同じ程度であることがわかる。
http://www.ryugakuclub.com/ireland/a08schooltown.htm
http://hw001.gate01.com/longpreston/012.html
 その北海道に比せられるアイルランド島の中で、ケルト系の音楽が盛んで今でもゲール語が残っていたりするのはそのさらに北や西のほんの一部の地域だけだったりするから、そこのミュージシャンと仲良くなるということは、その地域まるごとと深いネットワークができるということを意味する。アイルランド西部最大の街リムリックで人口8万5千人、次に大きな街ゴールウェイでも6万6千人だから、だいたいその人口規模が想像できるだろう(注)。
 さて今回のコンサートだが、その守安さんの大学時代の友人が勤めている高校の美術展の中のひとつの催しとして行われた。言うなれば、高校の文化祭の美術部の出しものに、よその小さな村一番の笛吹きが、先生のコネで呼ばれたみたいな感じ。観客も、僕らみたいなのは本当に例外で、ほとんどはその高校の父兄なり生徒なりだったようだ。
 もっとも会場となったつくば美術館は、筑波市の中心にあるわりとちゃんとした美術館だから、そこのメインの展示室を借り切って行われたこの美術展、質・量ともに、とても一高校の発表会とは思えないレベルだった(注2)。

 肝心の音楽だが、ショーンの笛は「まあこんなものかなあ」くらいの感じで、胸をぎゅっとつかまれるようなそういう感動は残念ながらなかった。少人数のセッションにも関わらず、インタープレイ的な要素があまりなかったからかもしれない。守安さんの笛もほとんどがユニゾンで即興的な要素は少なかったし、アイリッシュをはじめたばかりの田中さんも遠慮がちな演奏だったし。ただし守安さんの奥さんのハープはなかなかのものだった。ぶんとならすタッチに挑発するような華があって、子気味の良いリズムを奏でていた。こんなハープは初体験だ。

 でも今回の演奏会で一番良かったのはむしろ演奏そのものよりも、演奏中に行われた高校生達の即興ドローイングだった。同じ即興でも「絵から音楽」という方向なら、自分でもできそうだけれど、聴いた音楽のイメージを絵で再現するというような試みははじめて見たので、とても興味深かったし、できあがった作品も面白かった。描いた本人の説明もあって、「なるほど、あの音楽のあの部分がこんな表現になったのね」というのがしっかり腑に落ちた。おかげで、抽象的な絵の表現に対して、今まで以上に親近感が沸いた気がする。

 演奏会の後には守安さんが話しかけてきてくれて(というのも僕が最前列の床に座り込んでうれしそうに聴いていたからだろう)、ちょっといろいろなおしゃべりができたのはうれしかった。アイルランドであれだけ友人を広げているだけあって、とても気さくな人柄の人。もしかしたら今日の演奏は本意ではなかった、というようなこともあったのかもしれないし、単に営業だったのかもしれないが、次の立川でのコンサートに誘っていただいたので、行ってみることにする。27日だ。

 さて翌日日曜日は演劇を見に。
 すっかりひいきになっている"It's Secret"の舞台で、今回もリキ入りまくりの素晴らしい作品だった。
 ふだん映画三昧というかビデオ三昧な日々を送っているので、たまにこうして人と直接対面する舞台、それも舞台と客席の距離が異様に小さい小劇場での劇を見ると、役者と観客の視線が交錯するコミュニケーションの双方向性というものをひしひしと感じる。

 特に今回はそうとう「観客参加型」を意識したホン・演出になっていたので、「映画を見るって受身だったんだなあ」という落差をなおさら感じた。
 たとえばヒロインは目が見えなくなった、という設定にすることで、舞台上の相手役との会話のなかで、遠慮なく客席のほうに視線を向け、客席に話しかける。視線を向ける、なんてものではなく、ほとんど睨みつけるような眼差しだ。僕らはその眼差しにちょっとびびる。急に話しかけられてしまってどう対応してよいかわからず、戸惑う。相手役は、それにフォローを入れるため、なかば俳優として、しかし同時に劇中の人物であることをやめずに、観客に語りかける。「お話の世界<>それを外から見る自分達」というフレームを一瞬宙吊りにすることで、俳優から見た「演じる」という行為の二重性を僕らが体験できるように作ってあった。これは下手をすると、自己中心的な楽屋落ちになって、舞台というフレームが作るリアリティをぶち壊してしまうのだが、そのあたりのバランスがとても上手く計算されていて、見事に盛り上げていた。

 今回の作品のもう一つの力点は、海というものをいかに舞台上で表現するか、ということだったんじゃないかと思う。特にゆれない舞台の上で、波に翻弄される船を表現するところは、大変意欲的に感じた。全身を使ったパントマイムの一種ともいえるのだと思うが、どうやってそうした感じが表現しているのか、練習の仕方、意識の使い方などに興味をそそられた。

 ストーリーに関して言えば、今回は比較的エンターテイメント志向の娯楽作品になっていて、たくさんの登場人物がひとりひとり違った動機付けでストーリーにからんでくるところをなかなか上手に表現できていたと思う。「主役とその他大勢」的にならないポリフォニックな作品を、わかりやすく仕上げる力量には舌を巻く(注3)。 次回作も大変楽しみだ。


注1 もっとも首都のダブリン市でも人口50万人、北アイルランドのベルファーストで30万人だから、札幌の180万人には遠く及ばない。つまり北海道に比せられるとはいっても、都市に人口が集中せず、わりとまんべんなく均一に人が住んでおり、小さな街であってもその文化や伝統、誇りをたもち過疎という問題が存在しないことがわかる。

注2
 実際僕らは、いわゆる美術科とか音楽科といった専門の高校だと信じこんでいたのだけれど、うちで調べてみるとごく普通の進学校であることが判明。
http://www.meikei.ac.jp/access/index.html
筑波大の前進である東京教育大の同窓会が母体となり、山の中に突如出現した研究学園都市の研究者たちが、自分の子ども達をきちんと育てるために作った学校らしい。言うなれば民間版ツクコマみたいな。

注3 ただし、一部の役については、前半の説明がちょっと足りないために、後半での活躍が唐突に見えたり(耳長の女の子)、存在感が薄すぎてあまり機能していない役(月毛)もあったりした。後者については、ひとつだけダブルキャストになっていたことからしても、役者の都合、といった面もあったのかもしれない。

 

 

2005年11月 2日 (水)

ゲント美術館名品展 (埼玉県立近代美術館)

 日曜は、佐野への買い物を兼ねて埼玉県立近代美術館へ。というか、妻が「買い物に行きたい!」と朝からおねだりモードに入っているので、どうせならついでにそこまで足を伸ばそうかと算段を立てる。
 blogには書かなかったが、この一つ前の企画展(スペインのポスター、椅子、ファッションのデザイン展)もなかなか面白く、大学で見た今回の企画展のポスターにも興味を惹かれていたので、同じ美術館から同じアウトレットへという同一コースをもう一度。
 前回は、佐野についたらもう7時になっていたのだが、施設内放送で「9時まで営業しております」というのを文字通り信じて安心してゆっくりしていたら、9時まで開いていたのはレストランだけ。ほかはみんな8時までで、「あそこも見ようと思っていたのに」みたいな気分で蛍の光に送り出され、今度はその雪辱戦。
 
 だけど出かける前にたっぷりリコーダーの練習もしていたから、宇都宮を出たのはやっぱり1時になっていて、前回と一緒。なんとか前回の教訓を生かすべく、高速をぶっちで走り、アクセルはふみっぱなし。なのに、高速を出た後、前回と同じところで道に迷ったりしながら、なんとか2時すぎには到着。近くのサティの駐車場に駐車し、美術館までは小走りだった。

 さて今回の企画展は、現在改装中のベルギー・ゲント美術館の引越し展。ゲントといえば、北ベルギー(いわゆるフランドル地方)の中心都市のひとつ。とはいっても人口たかだか22万の地方都市だから、日本で言うと東京の目黒区や豊島区ひとつぶん。近郊都市なら茅ヶ崎や厚木、宝塚だし、ゲントと同じような地方の中核都市なら佐世保、呉、上越、松本といったところ。こうやって人口を比較してみると、日本の街の大きさをあらためて感じるとともに、その人口規模の割には地方の独自文化の貧しさをひしひしと感じる。だがゲントはその程度の規模の地方都市。埼玉県立近代美術館の前回の企画展からしても、そんなに期待しちゃやばいだろうくらいに思っていたのだが、結果的には大当たりだった。
 
 作品的にはもともとフランスにも近い土地柄、ちょっとマイナーどころの印象派の作品などフランス系の作品が比較的多く集められていた。ゲントはベルギーでもオランダ語圏になるのだが、レンブラントらフェルメールといった方向はあまり向いていないのが少し驚きだった。しかし解説を読むと、オランダ語圏とは言っても上層階級はフランス語をしゃべっているし、フランスとの文化的なつながりは強いのだろう。後のマグリットなどのシュール・レアリスムだって、やはりパリを中心とした運動だったわけだし。
 そんな感じで、聞いたことのない人や、ちょっと知っているくらいの人の作品ばかりだったのだが、その中でもとてもよく選ばれており面白い作品が揃っていて、とても楽しめた。

 一番感激したのが、ホーネルというスコットランド画家の作品。「春の田園詩」という題名で、海の見える緑の岬に、二人の少女とヤギの群れが、白い花の満開に咲き誇る木陰にこちらを見ながらたたずんでいる、という絵柄だ。本の挿絵のような大変繊細で細かい書き込みで、かなり大きめのキャンバスが埋め尽くされており、絵の前に立つと流れ出す喜びの感情に圧倒される。解説を読むと、若い頃日本を訪れて後、日本的な題材の作品を集中して描いている時期がある、そんな絵描きさんだった。これを描いているころは、財政的な理由などもあって、わかりやすく売れる絵という方向に転換した後のようだが、それでもやはり日本的な雰囲気は僕らにも伝わってくるのだと思う。筆致から一番近い雰囲気を感じさせるのは藤田嗣治だが、もっと穏やかで優しい作品である。
 日本にはもう一度訪れており、スコットランドのアトリエには、その際に収集した植物を中心とした大変美しい庭を造っている。現在も彼自身の作品を収めた建物とともに美しく保存してあり、ホームページ などでその写真を見ることができる。また行ってみたい場所がひとつできた。

2005年5月15日 (日)

メロディ・イン・アリス (劇団It's Secret第13回公演)

 妻の友人が出演するというので、アマチュアの劇団の公演を見にいった。以前からアマチュアの演劇には興味があったのだが、実際にそうしたものを見たのは広島時代がはじめてだった。このとき見たのも、妻の友人が出演する劇団の公演で、他に彼女が貸してくれる過去の公演のビデオを見たりして、それ以来味を占め、また機会があったらと何となく思っていた。だが様々なお芝居のうち、一体どれを見たらいいのかさっぱりわからずに今日にいたっていた。
 
 事前の情報は、とにかくその友人が出るということだけで、友人といっても妻の友人だから僕自身はまだお会いしたこともなかったし、つまらなかったら途中でこそっと帰ってくればいいや、くらいのつもりででかけていった。チケットもお友達価格ということで大変ささやかな額だったから、お付き合いくらいのつもりだった。
 ところがところが、舞台の出来は相当なもので、脚本、演出、舞台・照明・音声などの効果、そして出演者の演技力などどれ一つとっても細部まで神経の行き届いた素晴らしいものだった。アマチュアで好きでやってるわけだから、公演にかける情熱が相当なのはとりあえず当然としても、それだけで押していくなどというものではなく、しっかりとした計算と研鑽に支えられた演劇特有の技術は大変なものだった。特にそうした技術の高さは、限られた舞台装置を用いてのアイディア勝負だったから、なおさら強く印象的だった。
 しばしば、お金をかけることができないという限定性は、そのことを何とかして逆手に取らなきゃいけないという意識として、<前衛表現>という言い訳にはしるようなことがある。たとえば庵野監督のエヴァンゲリオンやキューティーハニーのような映画には、そういう意味での<前衛性>を強く感じた。
 ところが今日見てきた劇団("It's Secret")にはそのような屈折が見られず、きわめてのびのびと自由に、表現に打ち込んでいて、とても好感が持てた。できる範囲内でベストを尽くすという姿勢には、「スパイ・キッズ」を撮ったロドリゲス監督にも通じるように思う。
 
 僕も他のアマチュアの劇団のレベルを知らないので、このグループがその中でどれほど飛びぬけているかどうかは判断できないが、自分の知り合いの範囲内ならほとんど誰にでも安心して見てみることを薦めることができる。
 
 ちなみに彼らの舞台はまだ来週の土日(5月21、22日)の昼と夜の4回残っているので、宇都宮近辺にお住まいの方にはぜひお勧めしたい。当日券もあるが、彼らのHPであらかじめチケットを予約しておくと良いだろう。

2005年5月 3日 (火)

横浜美術館 ルーブル展

 どういうわけだか、首がむちうち状態になってしまって、昨日は自分の手で首を支えながらでないと寝返りさえ打てないという状態だった。車でも少しでも振動があると痛むので座っていられず、妻に運転してもらって、シートに寝そべっていた。それでもそんな無理をしてまで、スポーツジムで、いつものランニングマシンの代わりに、自転車こぎで30分汗をかいて頑張ってきた。首に湿布を張った姿できっと痛々しかっただろう。我ながら涙ぐましい努力だ。

 そういうわけで痛い首をかばいながら、今日は横浜の実家に帰省。乗っている間振動が首にこないように、荷物に頭をおいてうつぶせになっていた。5日には母のコンサートで、一曲伴奏をする予定でそのための帰省。せっかくだからついでに横浜美術館にもよってきた。
 横浜のみなとみらい地区では、今日パレードがあったらしく大変な人出だった。横浜美術館も入館まで長い行列。並ぶのが嫌いな僕だが、どうしても見たい絵があったので、バンプのアルバムを聴いて口ずさみながら45分待った。幸い連休中は夜8時まで開いていたので、それでもゆっくり見ることができた。
 ここのところ美術館づいているが、今日の作品は美術史の本に大抵載っているようなクラシックな名品ばかりで期待どおりに楽しめた。「女性に擬人化されたフランス国家が、エジプト遠征中のナポレオンに助けを求める」というテーマの巨大な絵などが、プロパガンダ効果炸裂という感じで特に興味深かった。その他、歴史上の人物の劇的な暗殺の場面を描いた絵など、いったいどういった人がこの絵を依頼したのかなあということを考えるのが楽しかった。絵としては、ジェリコーが、人の肖像画とそっくりのスタイルで馬の頭部を描いた絵なども、冗談というにはあまりにまじめくさいところが却って面白かった。啄木の面白さと似たようなところがあるかもしれない。ロマン主義なんだよね。
 

2005年5月 1日 (日)

ラ・トゥール展

 下記のコンサートのついでに国立西洋美術館のラ・トゥール展も訪れた。
     
 全世界的に大ブームとなっているフェルメールの二匹目のドジョウを狙うような雰囲気の企画だったが、それなりに満足度も高かった。
 とにかく真筆とされている作品がほとんど残っていないため、今回の展覧会にもかなりの数、模写が並ぶのがとても興味深い。同じ作品の模写が二種類おいてたったものもあったり。これだけ模写があると、真作とされている作品との筆致の違いが気になるのだが、ほとんどのものはちょっと見ただけで僕のような素人にも違いがわかった。どうしてラ・トゥールの「ふわっとした」感じが出せず、色などがどぎつくなってしまうようなのだ。
 ラ・トゥールの持ち味の一つは、炎のような光源による照明効果のようだが、それらはどうにも「やりすぎ感」があって、僕はもう少し地味な作品にひかれた。それにしても、昨日見てきた宇都宮美術館でも思ったのだが、カラヴァッジオの革新というのは相当に影響力があったのだなということを今日も再び感じさせられた。
 
 もう一つ、小企画展の「マックス・クリンガーの版画」もなかなかインパクトがあった。上流階級の女性が誘惑され、恋に落ち、幸福の絶頂のまま、結婚せずに妊娠してしまって、不道徳ということで噂にさいなまれ、出産の際に死んでしまう、というようなストーリーの連作が公開されていた。複製でよいからできればゆっくり手にとって眺めてみたい作品だった。

 残りの常設展は、極端に言うと一人一作品というような感じであまりに作品のバラエティーが広く、見ていて本当に疲れた。単に持っているものをそのまま見せます、というのではない見せ方というのがあるだろうに、と感じさせられた。集め方にしても、松方コレクションにはそれなりの一貫性を感じるので、それを軸に収蔵品の方向性も決めていけばよかったのではなかろうか。今からでも遅くないので、交換などを通して、独自の路線を歩んでいって欲しいものだ。西洋美術館などという名前も変えてしまったらよいように思う。
 
 とはいえ、高校生の頃から何度かこうした企画展のたびに見てきているものなので、自分としての感じ方の変化などは面白かった。ちなみに高校時代に大好きだったのはコローやクールベで、少し暗い感じの自然描写にあこがれていたらしい。今はその反動か、そうしたものにはあまりピンとこなくなってしまっている。

宇都宮美術館(バロック・ロココの巨匠)

 昨日は以前から行ってみたかった宇都宮美術館にはじめて行ってきた。森の中にある美しい建物で、広いガラスの連なる明るい空間はとても居心地が良かった。正直言って展示の内容よりも、ハコのほうに感心したくらい。もっとも窓の外の奇妙な現代美術作品(おそらくクレス・オルデンバーグのもの)は感心しないが。

 以前からこうした地方の公立美術館の「存在意義」に関心を持っている。はっきり言ってしまえば、美術愛好者にとっては、地方の小美術館に作品が分散するよりは、交通の便の良い大都市にまとめてそれらが集められているほうが有難いのではないだろうか。あるいは少なくとも、同じ人やジャンルに属する作品がまとめてコレクションされていると、それを好きな人にとってはわざわざ訪れる価値を見出すことができる。しかし公立の美術館に、そうしたコレクションの系統性や偏りを求めることはおそらく難しく、せいぜい「その地方にゆかりの作品」というくらいの収集方針が考えられる程度で、どうしても広く浅くなりがちだ。ただし個人のコレクションが寄贈されることでそれがベースとなりスタートするような場合には話は別なのだろうが。
 宇都宮美術館の場合には、そうした意味ではジョルジュ・ビゴーの作品300点がコレクションされていて、これはなかなか面白い目の付け所だったかもしれない。
http://www.ucatv.ne.jp/~m-maky/sub4.htm
http://www.yushodo.co.jp/showroom/timetravel/bigot/bigo3.html
http://say-aya.hp.infoseek.co.jp/bigot/up.htm
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061594990/249-8875840-0551507

 もっとも日本の美術館はどこも企画展で客を集めている現状があるので、美術館の収蔵作品というのは、基本的には貸し出しの交換のための手札的な意味しか持っていないということもいえるかもしれない。

 

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