2005年5月16日 (月)

「世界教育史」 梅根 悟 (著)

 僕は大学で教育学部を卒業しているのだが、それははっきりいって名目だけで、大学時代、ほとんど教育のことを勉強したことなどなかった。そのぶん何をやっていたかといえば、生物学を中心として様々な分野の勉強をしていた。大学受験の頃を含めて、あれほど集中して勉強した時期はなかったくらいだから、それを悔いるようなつもりもさらさらないのだが、今、自分の教えている学生達と比較してみると、こんなんでよく卒業できたものだ、とちょっと思ってしまう。
 よくいえばあの大学の懐の深さではあると思うが、別に意地になっていたつもりもないのに、教育のことだけはほとんど勉強せずにきて、それでも適当に単位だけはそろえてしまうことができた。ただしもちろん教職の単位などはほとんど一切とっていない。
 別に今までそれでも困ったことはなかったのだが、最近教育社会学の教科書の一章を書くことになり、必要があって教育史の勉強を一からやってみて、知っているつもりでも知らなかったことが結構あることに気づいた。
 その勉強の時に読んだ本の中で、一番役立ち、かつ面白かったがこの本。
 歴史の本というと、ごちゃごちゃとした細かい事実をただただ並べるだけの退屈なものか、その時代に活躍したヒーローの生き様を追うものか、そのどちらかになりがちだが、この本は、ある時代からある時代にどうして歴史が変遷していったのか、また各国の歴史の展開の違いと共通点、そしてその原因を、教育という切り口から究めてわかりやすく示してくれる。こういう社会があってこういう教育があった。こういう教育がなされていたから、このような社会が生まれ、変遷していった、ということが手に取るようにわかる。そういう本である。
 もちろん極めて図式的であるがゆえに、そうした図式に乗らないような事実を無視している部分はあるが、まずはこの本で大まかな流れを理解したうえで、専門的にこの分野を研究したい人は、後からそうした細かい事実を見ていくのがよいだろう。
 この本が廃刊になることもなく今でも現役で売れているのは、おそらくそういう分かりやすさによるのだと思う。共著とかでなく、日本・欧米の歴史の全体を見通した上でひとつにまとめる力量は、彼の後の世代には育たなかったのかもしれない。この本を読んでいて、はっきりマルクス主義的と感じるような部分は見られなかったが、それでもこういう社会決定論的な図式の基礎になっているのは、おそらくマルクス主義の教養だったと推測される。
 教条的マルクス主義者が学会を牛耳るような事態も困るが、単に政治的な理由でマルクスが全く読まれなくなっていってしまうのも同じように残念なことだ。僕自身もそういう偏見を持って読み始めたからわかるのだが、政治的なマルクス主義の運動とは完全に切り離してみても、彼の文章は刺激的で面白い。僕の政治的な価値観はどちらかといえば新自由主義に近いが、そうした価値観と無関係にマルクスの本は理論として面白い。
 (大学院などで専門に)社会学を勉強する人は、必ずマルクスの本のどれかには目を通しておくべきだと思う。

2005年4月24日 (日)

偏愛について(増補版)

 授業はなかなか順調に進んでいる。学生には、僕のHPのトップページにおいておいたような「偏愛マップ」を書いてもらって、それでグループ内の自己紹介をしてもらうようにした。そのなかの一人の学生が、アメリの冒頭みたいな偏愛(注1)を語ってくれていて、なかなか良かった。真似して僕もバージョンアップしてみたので、よかったらみてやってほしい。
 
 確かにひとそれぞれ、自分をよーく観察していると、こんなような偏愛が見えてくるものかもしれない。パリの人たちはきっとそうしたものを探し、語るようなそんな生き方をしているんだろうと思う。アメリでは、登場人物の一人一人にこうした偏愛のエピソードが語られるのだが、それが妙にリアルで、単なるでっち上げにはとても見えなかった。個人主義化した世界に住む若い世代の日本人も、たずねてみたらそうしたものを持っていたりするんだろうか(注2)? 
 
 僕自身は、枕草子の冒頭みたいな、季節の移り変わりに無上の喜びを覚えるタイプのようだ。<日本には美しい四季があって云々>という言葉は、有名無意味化した単なるクリシェだと思っていたのだが、実際にシカゴみたいな大陸性の、冬と夏という季節の二つしかないところに住んでみると、四季がないなんて人生の喜びの半分は奪われたような気になってしまうくらい。自分が保守的というように思ったことはほとんどないし、ホームシックのようなものを感じたことも全くないが、季節感に関してだけは、たとえばシンガポールみたいな赤道直下で一年中同じ季節、というようなところに住むのは、やっぱりちょっとさみしいだろうなと思う。

 あともう一つ、僕の偏愛を特徴づけているキーワードは「お得」なこと。コストパフォーマンスがよかったり、一石二鳥だったり、一を聞いて十を知ったり、寡勢で多勢を制したりするのが無性に好き。「策士、策におぼれる」という小物ぶりは自覚しているんだけれども、どうしてもやめられない。

 これはほとんど自分の血というか、単に僕だけのことではなくて、小原家の人全員に言えることのようだ。父と母は、趣味から考えかたから違うことばかりで共通点を探すのが難しいくらいなのだが、こればっかりは強力に一致していて、僕ら兄弟にその血を色濃く継がせている。

 たとえば、誰でも「安くておいしい」ものが好きなのは変わらないと思うが、うちの場合その喜びは「高くておいしい」ものをはるかに上回るのである。重要なのはコストパフォーマンスそのものであり、これが幸福度を決定する。だからぜいたくなごちそうというものは、それにお金がかかっている限り、あまり幸せな気分を味わわせてくれないのだ。だから我が家で高いご飯を食べるのは純粋に儀礼的な意味しかもたない。ただし、例えば高級ホテルに安く泊まったりするのは大好きで、そのとき出す値段が多少はるのは構わない。

 自分の趣味(テイスト)でこういう例をあげはじめるときりがないからちょっとだけ書いておくと、たとえば人が捨てるようなところに、自分なりのおいしさを見つけるのがどうにも好きでたまらない。たとえばほうれん草の軸の赤いところ。あそこ、葉っぱに比べると硬いから捨てる人が多いと思うけれど、噛めば噛むほどに味わいがあって、なかなかにおいしい(しかも鉄分たっぷりで体にも良い)。

 こういう主観的な「おいしさ」というものは、<人が捨てるようなところに、自分なりのおいしさを見つけた>喜びがベースになっているのは、自己分析してみると明らかだから、そういうのを割り引いて聞いてもらうしかないんだけれど、自分で好きなった理由をそんなふうに自己分析できたところで、主観的にはとにかく無上の食品のように思えてしまうのである。

 ちなみにこの「ほうれん草の軸好き」は妻にも伝染して、うちではほうれんそうを買ってくると、一番おいしいところとしてふたりで奪い合い状態になる。

 僕の食事の好みは、一事が万事そういう感じだと思ってくれていい。鳥の手羽元の軟骨の部分とか、野草とか、鮭の皮とか、そば湯とか、それが安いかどうかという問題を超えて、人が捨てておくようなところにおいしさを見つけるのがどうにもこうにも好きでたまらないのである。たとえば豚足などは、実際に買うと高かったりするのだが、他の日本人があまりそのおいしさを知らず無駄にしているところを、自分はそのおいしさを知っている、ということが好きなのである。ちなみに僕もそれを台湾ではじめて友達から食べさせられたときには、どうにも脂っこくて、八角のにおいもきつすぎて、あまり好きではなかった。しかしいつしか気がつくと、おいしいと思うようになってしまっていた。

 僕と違ってきわめて上品な中産階級的価値観に育った妻は、当然僕のような偏向した「コストパフォーマンス」趣味はないのだが、幸いなことに、基本的にまわりに合わすタイプなので、上記のほうれん草の例のごとく、けっこう僕に影響され、同じようなものが好きだったりする。たとえば実家の庭でとれた夏みかんの皮を捨てずに冷凍してとっておいて、大量にマーマレードを作ったりするのが我が家の年中行事だったりするのだが、かなり手間のかかる面倒な作業を(多分よろこんで)手伝ってくれる。何回か失敗して苦くてとても食べられないものを作ってしまったが、試行錯誤の末、今年のそれは、よそで買うものよりおいしいものができた(ように思う)。もちろんそれも主観的なおいしさだから、よその人がどう思うかはわからないんだけれど。

 ちなみに、こういう「コストパフォーマンス」好きは、見方を変えると、自分なりの価値観を大事にすることだったり、自分でできることは自分ですることだったり、無駄を嫌うことだったりするので、たまたまこの個性化とエコの21世紀にはよく合致している気がする。もっともバブルの時代にはそれが自分の強いアイデンティティだったので、みんなが自分に似てしまうことはそうしたアイデンティティをすこし奪われるようなさみしい感じもする。

注1 たとえば主人子のアメリの好きなことは、穀物が入った袋にできるだけ深く手を差し入れること、クレーム・ブリュレの焦げた表面をスプーンで割ること、サン・マルタン運河で水切りをすること。

注2 エフロンの「ユー・ガット・メール」ではその冒頭で、スターバックスに入るたびに「ご注文は何にいたしますか」と訊かれ、コーヒーひとつたのむのに、数百にわたるような組み合わせのなかから自分の好きなものを選ばされる経験について、トム・ハンクスが語っている。そこでいちいち「ひとつの好みを持っている自分」というものを試される感じがする、というのだ。
日本人がアメリカでハンバーガーひとつ注文するのにも、いろいろな好みを訊かれてうんざりするのと同じようなことを、アメリカ人自身が語っているのは、とても新鮮だった。

2005年4月12日 (火)

新入生歓迎

  今日は新入生のオリエンテーションだった。なかなか活気のある学年で、これからが楽しみ。それにしても、急に「学年主任として何か話してくれ」とたのまれて、しどろもどろの話になってしまって、恥ずかしかった。当然そのくらいの挨拶はあるはずなんだから、何を話したらいいか準備しておいたらよかった。他の先生方は、上手に話をされていて、さすがと思う。
 そんなんでちょっと落ち込んで、気分転換も兼ねて廣瀬さんのところに遊びに行くと、ついつい長居してしまった。そこに社会福祉の高橋さんも遊びに来る。たまたま彼女も僕と同じように今年新入生の初期セミナーを担当しているので、その進め方について情報交換。学生同士で話し合いをさせるとどうしてもそのうち世間話になってしまうという高橋さんの悩みに、廣瀬さんが、彼らの親密さを高め、活発な話し合いの雰囲気をつくるさせるために役立つ、アイスブレイクの方法をいくつか教えてくれた。
 それにしても、廣瀬さんはこんなふうにみんなに話をさせるのが本当に上手。

2005年4月 4日 (月)

通学区の弾力化について

 下に話の出た、その妻の新しい勤務先の小学校は宇都宮でもっとも小さい学校で総生徒数は35人って言ってたかな。小さいですねー。宇都宮市内にこんな学校があるんだー、というのがちょっと驚き。この状況が続くと廃校になっちゃうそうで、校長とかも相当攻めの姿勢でがんばってるみたいです。

 宇都宮市は、こうした学校を地域に残すためというのもあって、通学区域に関わらず、どこからでも通学可能な特例校に指定しています。

こうした通学区については法令には特に記載がないらしく、各教育委員会がそれぞれに決めることになっているようですが、教育の自由化や規制改革、過疎化、少子化に対する対応と、さまざまな問題の複合領域として、文科省も弾力化の指導をおこなっているようです。その対応はここに。各地方自治体の試みは、インターネットでも見られますが、たとえば横浜については、市民の提案とそれに対する回答がこのように公開されています。

 でも、制度上宇都宮市内のどこからでも通えるといったって、バスもないような山奥にこどもを通わせるためには親が毎日送り迎えしなきゃいけないわけで、それなりの事情がある子だけがやってくるということになるんでしょうね。そのあたりについては僕もとても興味を持っているので、そのうちまた実態についてリポートしたいと思います。

2005年4月 1日 (金)

卒業式の君が代斉唱時の起立強制について (次郎さんへのレス)

 僕は労組って、保守反動の波に対して戦ってきた点は評価したいんですけどね。どっちを応援するとか出なく、純粋にバランスの観点で。しかし国歌・国旗がどうこうというそんなくだらないことを互いの論点にしなくてもいいんじゃないですかね。その点では両者同罪だと思います。
 僕は中学と大学の卒業式、高校と大学の入学式は出席してません。高校の卒業式は、2月くらいからしばらく受験シーズンで学校がほとんど休みみたいなものだったから、そこでの戦果と進路決定の報告会というか、早めの同窓会みたいなものでしたからね。出席する意義を見つけられたけど、中高一貫校での中学卒業、高校入学なんて茶番ですよ。始業式とか終業式とかもほとんど欠席でした。そんなのは無駄だと信じきっていたので、授業がはじまってから学校に行ってましたね。通信簿も新学期にもらってた(笑)。
 そういうのはみんな無駄だと僕は信じていたからそうしたんだけど、ホントに無駄ならきっとそのうちやめちゃうだろうし、じゃあ僕には無駄としか思えないことをみんなはするんだろう、という問いに答えてくれたのが、僕にとっての社会学でした。僕が「真面目さ」を研究テーマにしたのも、「真面目さ」って、そういう学問を通してでしか僕にはよくわからなかったからです(汗)。
 みんながみんな僕みたいになっちゃうのは、それはそれでどうかとは思うけれど(汗)、卒業式で君が代を歌うか歌うわないかより大事なことはたくさんあるんじゃないでしょうかねえ。それは今でもそう思います。学校って、そういうくだらないことをコマゴマと言うところだよなあ、というのが僕の一番の感想ですね。これもその延長上かと。刑務所とかと一緒? 自分が服従すべき存在であることを教えこむために、わざと無意味な規則で縛るんでしょうね(注1)。
 僕らがピアノのタッチにこだわるのと同じようなやり方で、「髪を縛るのは茶色のゴムひもだけ」とかそんなような細かい校則とかにこだわるのは、学校の特殊な状況を全部カッコにいれちゃったら、すごく恥ずかしいことに思えるんですけど。また先生たちがそういう方法で、中学生相手にお山の大将を気取ってるのも同じくらいくだらないことに見えるんですけど。学校の中だけは確かにそれが当たり前の空間になっちゃっているのかもしれないけれど、みんながそう思い出したら、そうしたカッコ入れが成立しなくなるはずですよね。
 「あずまんが大王」の古文の木村先生が、女子生徒のブルマにオタクなこだわりをみせてました。あれは高校だけれども、僕の時代の管理主義的な中学だったら、あんな先生が多数派だったりして、笑いどころか大真面目に、男女関係なくそんなことを命令できたりしちゃうのかもしれません。もしそうだとしたら、そういう学校が教えることって、「郷に入ったら、自分の価値観とかその郷の外のルールとかは全部全部カッコに入れて、とにかくその郷のルールに従え」ということなんだなって思わざるをえませんね。あるいは、中学にいる間は、刑務所の中と同じように人間としての誇りを捨てよ、かな。一方でそういうことを教えながら、一方では「自分で考えろ」なんて、そんなのダブルバインドもいいところでしょう(注1’)。
 やっぱりそう考えいくと、都教育委員会のほうは、言い訳できないように思います。生徒には直接強制しなくても、先生をそういうくだらない理由で評価してるってことは、生徒には伝わってるわけですからね。そして、先生がみんなそうした理不尽な強制に屈している、というように見るのであれば、彼らの世界観はいったいどうなっちゃうんでしょう。でも、そんなくだらないことで、学校の中で責任のある仕事ができなくなるのも嫌だし、って先生は思うでしょうねー。そういう意味では、制服とかと一緒で、ルールそのものがくだらないものであればあるほど、相手を屈服させる効果は強くなる。
 僕みたいな人間がそうした場面で人としての尊厳を勝ち取る方法って、やっぱり冗談にしちゃうのがベストでしょう(注1’’)。
 
注1 ゴフマンという社会学者が、刑務所や精神病院、遠洋漁業の漁船などといった、そこで全ての生活が行われ一定期間出入りがかなり制限されるそうした施設のことを全制施設と呼び、そこでの生活、ルールの運用のあり方などを、『アサイラム』という本の中で社会学的に分析しています。とても面白い本なんでお勧めですが、ここで「二次適応」という概念を出しています。こうした不自由な状況下で、外での常識的な対応・やり方を改めて解釈しなおすことで、こうした状況においても、生活の便とか人間としての尊厳を守れるよう振舞う、とかそういった感じのことです。

大学院が徒弟制度になるわけ (M=Cさんへのレス)

まりあ=せしりあさん、いつもコメントどうもです。

「徒弟制度」という言い方が誤解を招いたかもしれませんが、ある人の才能や将来性を評価するのが、非常に少数の人数によること、また、教育の仕方も、全人格的な関係を前提にしている、という意味で用いました。文中にもあるように、それ自体ネガティヴな意味はなく、ポジティヴな関係でもありえます。

上記のような意味では、日本だろうがアメリカだろうが関係なく、大学院みたいなところは必然的にそのようなものであらざるをえないはずです。

専門分化が進めば、極めて少人数の人がその人を評価せざるを得ないわけですし、特に学生については業績は不確かだから、あいまいな将来性をみてとるしかないわけですからね。客観的な評価はちょっとできないでしょう。

全人格的な関係についていえば、学問の性格にもよるとは思いますが、社会学における研究のノウハウなどは、先生が研究しているところに一緒についていって学ぶしかないような部分がたくさんあるんじゃないかと思います。またそれだけのことを教えるんだから、見返りに学生の側の奉仕というか労働も期待できるでしょう。たぶんそんなふうに「徒弟制度」というものはできあがるんだと思います。

もっとも指導教官から得られるものが、そうした技術・思想ではなく、単なる既得権益だったりする場合には、いっそう封建主義的な関係になるでしょうね。
こういうのは日米という文化差よりも、その組織がどれだけ既得権益を握っているか、またそこで勉強する目的がその既得権益を継承するためなのか、それとも勉強の内容そのものなのか、それだけの問題になると思います。

ちなみに京大のうちの研究室は、そうした既得権益はゼロに限りなく近かったから、そういう意味で教官に学生への誘引力も強制力もありませんでした。卒業生はみんなすべからく就職で苦労しています。学生と、封建主義的な関係を持ちたくなかったら、コネで就職を紹介する、というようなことは、たとえその学生のことを個人的に気に入っていたとしても、するべきではないということですね。そういうことを教官がやるようなら、学生の側でも、その教官から思想や技術を学ぶためにではなく、そうした既得権益を手に入れるために媚びる、というような姿勢が生まれてくるでしょう。

ただし、ふつう徒弟制というとき、もうひとつ重要な要素が、人間関係の閉鎖性でしょうね。
移動の多いアメリカはこの点はずいぶん違っています。先生が気に入らなければさっさとやめてよその研究室に移ればいいんです。そういう風通しの良さは違いますね。

まりあ=せしりあさんが留学なさる時にも、どういう人を指導教官に選ぶか、ということだけは、やっぱり大事にされたほうがいいと思います。留学する大学のステータスなどよりもずっとずっと重要なことになると思います。研究内容だけでなく、人間としてどうか、特に日本人などの留学生に対する態度は確認されているとよいのではないでしょうか。

僕の場合、受け入れてくれたはずの先生が行ってみるとサバティカルで外国に行ってしまっていた、という冗談のような状況でした(汗)。そういう留学はその時点で失敗しているといっていいと思います。

2005年3月30日 (水)

指導教官の退官記念パーティー (学問の徒弟制度について思うこと)

京都では、指導教官だった竹内洋教授の京大退官記念の講演会とパーティーに出席した。
パーティーに出席している面々の多くはどこかで見知っている人であるにも関わらず、いつも以上に所在無く、壁際の席に一人腰掛けて、食事もほとんどとらずに、ウーロン茶をすすっていた。
見るに見かねたわけでもないだろうが、普通に社交的な人々がよってきて話をしていったりもしていたが、パーティーの間中、ストレスによる頭痛に悩まされていた。
 
パーティーが終わって、会場の外に出る際、竹内ご夫妻が、出席者の全てに声をかけていた。
如才ない竹内氏のことだから、名簿をきちんと覚えていたのかもしれないが、200人近くいた出席者全員との自分の関係を奥さんにひとりひとり説明して、近況をたずねていたのには驚かされた。(ずっとその場を観察していたわけではないので、それが本当に全員だったかどうかはわからないが)
僕自身のほうは、何となく知っている気はするけどどこの誰だったか思い出せない、あるいは名前が出てこないというような人が多かった。
 
竹内氏は、僕が会場の出口に出てくると、それまでの笑顔が急にぎこちないものとなった。どんな話をしたらいいのか困ったのだろう。氏にとって僕は、前時代的な「飲ミュニケーション」を断固として拒否する新人類の典型で、セクハラを訴えられる危険性に過剰におびえて、女子学生との関係を極力シャットアウトする、そういう教師と同じような態度で僕と接してきたように思う(注1)。授業や著書など一対多の関係以外にほとんど全く直接の指導を受けずに、公式には指導教官と学生という関係を、学部から博士まで10年近く続けているのもちょっと珍しいだろうと思う。

もっとも一緒に仕事をした「弟子」以外に対しては、他の院生たちとは多かれ少なかれ似たような関係だったようなので、氏とこのような関係になった原因は僕だけにあるわけではないだろう。それでも、偶然によるところが大きいとはいえ、そうした人を僕が指導教官にあえて選んだということも考え合わせれば、全ては僕自身の問題ともいえる。卒論も修論も博論も、勝手に一人で勉強して書いて、完成するまでほとんど誰にも見せず、完成したものを締め切り当日に提出する、というようなやり方を僕はずっと押し通してきた。
 
修論に関してだけは、竹内さんは内容が理解できず、落とすべきだと主張したようだが、幸か不幸か他の先生がかばうようなかたちになり、「指導教官と学生」という本来あるべき関係を取り戻す唯一のきっかけも失われてしまって今日に至っている。もっとも、そのときの僕は、学生をあえて落とそうとした竹内さんの意図を悪意と捉えてしまったかもしれない。そうした壁を突き崩すほど、竹内氏は学生の指導に関心を持っていなかったかもしれない。
 
いずれにしても、こんな付き合い方しかできなかったのは、父との関係をそのまま延長してしまったことにあるのだと思う(注2)。

過ぎてしまったことを後悔しても仕方ない。自分なりのやり方で、研究に、教育に打ち込んでいくしかないのだろう(注3)。
 

注1 セクハラの問題が社会的に大きく取り上げられるようになったことは、一部の非常識なオヤジたちにとってはよい懲らしめになるし、年上の男性との関係を上手に操作できない女子学生たちにとっても大きな前進とはいえるだろう。しかしここで書いているように、私的関係を通じてしか伝えようのない学問的態度や生き方などの影響を受ける上で、こうしたセクハラになる可能性をあらかじめ強く忌避する雰囲気は、男性と性別を超えた関係を築くすべを獲得している世慣れた女性たちにとっては、むしろ障害になる可能性が高いように感じている。
 
注2 その当の父との関係は、留学時代のメール交換で相当に改善された。同じ方法が、竹内さんとの間でも可能なのかもしれない。「孝行したいときに、親はなし」という状況になってしまう前に、関係を改善することを考えるべきなのだろう。
 
注3 もっとも、僕はアメリカに留学することで、多少のリハビリは遂げることができたと信じている。いろいろな意味で世界の最先端をいっていると信じられているアメリカの大学において、旧態依然とした徒弟制度が、日本よりもきついかたちで残っていることには驚かされたし、その機能的な意味を再発見する上で、日本的な文脈の外でそれを見つめることは大いに役立った。結局その世界でサヴァイヴすることはできなかったにせよ、そこで学んだことは僕にとってとても大きかった。
ちなみに、パーティー嫌いに関して、そこでひとつ決心したことは、直接話しかけるのが苦手なら、気に入った本を書いた人に書評を送りつける、というやり方だ。その成果はこのblogでもおいおいお伝えしたい。

2005年3月22日 (火)

あたりまえだけど、とても大切なこと

"A Small, Good Thing"というカーヴァーの小説のタイトルを村上春樹は「ささやかだけれど、役に立つこと」と訳した。
村上の訳でカーヴァーを読んで、その後にカーヴァー自身の英語の文章を読んだものは、村上の訳のイメージとのギャップを感じるかもしれない。僕が感じたそのギャップはちょうど、この邦題(?)と原題との差にあたるものだった。

さて、今回書評を行う「あたりまえだけど、とても大切なこと」だが、これは上記の訳をもじっているのだろう。こういうもじりかたって、中身にカーヴァーや村上春樹との関連が全くなければ、浅薄な印象を与える。
 
この本のタイトルからの第一印象はこんなものだった。その内容はといえば、アメリカのある小学校教師が、自分の生徒に守ってもらいたい55のルールをまとめたハンドブックに、それぞれのルールにまつわるエピソードを加えたものだ(ただし日本版には5つのルールが日本の実情に合わないということで削除されている 注1)。この小学校教師は、ディズニー社が主催している<最優秀教師賞>という賞を28才で受賞していて、それがこの本の売りのひとつになっている。

こどもがいるわけでも小学校の教師でもない僕がこういう本を買うのは、「こういう本が売れるって、最近の日本社会ってどういうようになっているのかな」とか「アメリカで賞を取るような教師って、日本とは違うのかな」とかそういうことを知りたかったからだ。だからこの本を読んでまっさきにしたことは、amazon.co.jpやamazon.com、そして日本のblogの書評のチェックだった(注2)。今回はそうした書評の分析を中心に自分の感想もからめて書いてみたい。
 
さて日本の書評は、好意的な内容が大多数を占めていた。ただし、一部次のような批判的な書評もいくつか見られた。
 
A: このルールってアメリカ社会向きで、日本には合わないんじゃないかというもの
B: アメリカの教育はやっと日本に追いついてきた というもの
C: 日本社会に合うかどうか以前に、内容自体に批判的なもの 
 
一方、僕自身の感想だが、意外に面白かった、とまず言っておこう。予想したような、「こどもはこうすべき」というようなマニュアルの類ではなくて、そういうルールが教室の中でのどんな経験を通じてできあがってきたか、そうしたルールを守らせる上で実際にこどもたちとどんなやりとりがあったか、というエピソードが詳細に書き込まれていて、読み物としてもとても読ませた。
その上で、僕自身もAやBと同様の感想を持ったし、Cのような感想を持つ人がいるのも理解できる。
 
Aは例えば以下のような書評がその好例だ。
「この本はあなたが日本人で日本に住んでいる限り読む必要はありません。
経済だけでなく礼節までもアメリカンスタンダードにするつもりですか? 
もし自分が子供のときに「相手の目を見て話そう」とか「だれかがすばらしいことをしたら拍手をしよう」などを大人から強制されたとしたら金属バットを振り回して暴れていたことでしょう。(anonymous)」
 
むしろ僕が意外だったのは、「相手の目を見て話そう」というようなルールに対し、
「日本人はそんなことをしないし、あんまり相手を直視したら失礼になるんじゃない?」みたいな、まともな反論をするのではなく、
「こういうの当たり前すぎてこどももわかってて当然とか思い、辛抱強く教えてこなかったなあ」とか、
「当たり前のことなのに、自分を振り返ってみるとちゃんとできていない気がする」とか、そういう反応が多いこと。「自分のクラスでもこのように教えてきた」という小学校の先生もいる。
もしかしたら、僕が日本の社会の常識と思っていたことって、少しずつアメリカの影響を受けて変わってきちゃっているのかもしれないと感じた。
(半分冗談です)
 
Bのタイプの書評だが、そう書いていたのはある教育学部の先生。僕も同感。ただしどういう意味において、この著者ロン・クラークのやり方が日本的なのか、ということについて、この先生は何も書かれていない。
たぶんそれは、次のような書評のようなことなのだろう。

「読む前は、ルールとは、子どもを支配するもの、規範に押し込めるものというマイナスのイメージを持っていました。
(テレビなどで話題になっている本だから、アラを探してやろうというイジワルな気持ちで読みはじめました。ゴメンナサイ。)
読んでみて、その浅はかな考えを捨てました。この本は、子どもを押さえつけるのでは無く、子どもの可能性を広げるために、基礎を作ってあげようという主旨の本だと思いました。基礎さえ身に付いていれば、その後は、子どもが自分自身で考えていろいろと応用できますもんね。それが、個性を伸ばすって事なのではないか…と思いました。(anonymous)」
 
恒吉によると、日本の教育はたとえばアメリカの教育と比較すると、「まず教室を秩序立てることに力を尽くした上で、そこから子供の自主的な活動を拡げさせるようにする」という特徴を持っているらしい。
そういうやり方がアメリカでも取り入れられるようになった、ということなのだろう。特にこの「あたりまえだけど」の著者ロン・クラークがハーレムで教えたような学校ではクラスあたりの人数が多いので、こうした日本的やり方が効果的だったのだと考えられる。
こうした本が日本でも受けた一つの理由はこのような、「日本的なやり方って、アメリカでもいけるんだ」という、思想での世界では良くある逆輸入正当化の1パターンだったのかもしれない。
もちろんこの著者はディズニーから賞をもらっているだけあって、クラークの信念はアメリカ社会においても受け入れられようとしているようだ。amazon.comによせられた書評でも、「ロン・クラークによれば、どの生徒も<秩序>と<規律>を求めまた必要としている」として、その効果的な実践を評価するものが多く見受けられた。
ただし、それを批判する意見も少数だが見られるようだ。
この本のルールのほとんどは、「何かをもらったらありがとうと言おう」というようないわゆるマナーの類で構成されているのだが、そうしたことは家庭で教えるべきであり、学校は批判的思考(critical thinking)を学ぶ場である、というような意見が見られた。「このルールの大部分は教育とは無関係だ」というような意見もあった。例えば、日本語版では削られているが「ホテルに泊まったらチップを置こう」とかいったルールまでこの本には含まれているのである。
とはいえ、集団的なルールを守ることが教育の基本、と考えている日本においては、こういう批判は「比較的」少ないかもしれない。またアメリカでも「こうしたルールは家庭で教えるべきことかもしれないが、それができていない以上教師がそれを引き受けなければならないのは仕方ないことだ」といった意見も見られた。
 
最後にCのタイプの批判だが、残念ながら、日本で見つかった書評で批判すべき点をきちんとロジカルに述べられているものは見つけられなかった。
以下のような書評では、この本のどこに問題があるか述べてはいないが、その代わり、この本を手に取る人がそれを買う前に、どこに気をつけるべきか述べている。
 
「いろんな意味で軽い本です。 原書は「The Essential 55: An Award-Winning Educator's Rules for Discovering the Successful Student in Every Child」です。 まずは原書の表紙でも見てみてください。
この本の紹介文等を読んで、地元ハーレムで教育一筋云十年、地味にコツコツと若者達を指導してきた寡黙な教師が長年の努力が認められ教育界から表彰、その彼が伝える古き良き時代からのシンプルだが深い教えを収録した1冊・・・などと勝手に想像してしまった方もいるかも知れませんが事実は以下のとおりです。 
まず、「全米最優秀教師賞」と聞くとアメリカ教育界でものすごく権威のある賞なのではと思うかもしれませんが、この著者が受賞したのは「The Disney Teacher of the Year」です。 そうです、あのミッキーマウスのディズニーです。 
また、この著者が教職に就いたのは1995年、ミッキーマウスの賞をもらったのが2001年(教師6年目)、そしてすぐさま「 Award-Winning Educator」と声高々に宣伝しつつこの本の出版です。
さらに、この本の執筆段階で著者は全米各地のいくつかの学校で教えてきた(ハーレムを含む)、現在はアトランタ在住、と書いています。 教員生活わずか6,7年間でのことです(1校あたりの赴任期間はいったい・・・)
ベストセラー作家にもなった著者は各地で教師への講演も行っているようですが、彼の未だ一桁の教員歴どころか彼が生まれる前から教えているベテラン先生方はどういう気持ちで聞いているのでしょうね」
 
実際amazon.comでは、アメリカの「ベテラン教師」達による、かなり真剣な批判がいくつか見られた。
彼らが問題にしているのはまず、これがそもそも "Essential(要点)"と題されていながら、実質的には「ルール集」として構成されていること。なぜそれが"guideline(望ましいあり方)"ではないのかが批判されている。

僕にとっても驚きだったのだが、例えば前述の「何かをもらったときにはありがとうを言おう」というルールの教え方。これだけだとguidelineとruleの区別ははっきりしないかもしれないが、ロン・クラークはそれを「自分が何かをあげたときに、三秒以内にありがとうを言わなければ、それをとりあげる」という、ある種ゲームみたいな、それでいて遊び心のない厳格なやり方で実施することで、はっきり「ルール」としての強制力を用いている。
 
このような「アメとムチ」方式がクラーク方式の教育法だ。彼は生徒が何かよいこと(たとえばテストで良い点をとるなど)をするとクッキーをあげたり、本をあげたりする。そして、悪いことをすると、それらの褒美を無慈悲にとりあげたり、罰をあたえたりする。
たった一年間の間に、クラークの生徒たちはこの55ものルールを一方的に覚えさせられ、それに従うことをこうした「アメとムチ」で教えこまれるのだ。このような「アメとムチ」方式を批判しているような書評は日本ではあまり見られなかったが、アメリカでは多く批判のまととなっている。
 
例えばjembはこう語る。
「その傲慢さは驚くべきほどだ。『自分こそが、これまでの教師にはできなかったような変化を、子供たちに起してみせる』という新米教師にありがちな態度・・・。彼のような(生徒間の競争をあおり、ルールを一方的に押しつけるような)やり方は、僕の友達がこどもを通わせているような多くの宗教系の私立学校で採用されている。でも彼らの誰もがその学校を卒業して、自分たちが当たり前と思っていたことが通用しないような世界に出ると、暴れたり、自分の中にとじこもったりする。(彼のように)子供たちの競争をあおったり、(褒美に)クッキーをあげたりして、(表面上、正しい振る舞いをさせる)方法は簡単だ。一方子供たち自身に、自分やまわりの人間が個人として何を必要としているかひとりひとりに考えさせ、それに合わせて振舞うように導くことは難しい。 彼は簡単な方法に逃げているに過ぎない」

Jembの言うようなやり方は、たとえばハーレムのような地区の学校では、理想論でしかないかもしれない。それでも、こどもをモノでつる前に、<褒める/叱る>という方法をまず試すべきではないのか、と僕も考える。
 
ちなみに、amazon.comには、書評のひとつひとつに対して「このコメントは役に立ちましたか」というチェック欄があり、HPの閲覧者は「役に立った/役に立たない」のどちらかに投票することができる。
この本の書評をチェックした人の多くが、この本を気に入った人だったと見えて、否定的なコメントは、どんなに説得力ある内容が書かれていても「役に立たない」が圧倒的に多く、肯定的なコメントは「役に立った」が多くなっていた。
つまり、自分と同意見だけしか、「役に立たない」というわけだ。これは別にこの本に限らず、どの本を見てもamazon.co.jpを見ても、同様の傾向が読みとれる。
 
このルールブックにはないが、「ルール56 自分とは違う意見であってもきちんと耳を傾けよう」というものも加えてみてもいいのかもしれない。
僕が日本で出会ったある教師が、自分達の生徒に学んでもらいたいルールとして挙げていたのがこのルールだった。でももちろん彼はそれを「アメとムチ」方式で教え込むことなど、考えもつかなかっただろうが。
 
 
 

注1 ちなみに原著にあって、翻訳にないルールは
8 身振りで、軽蔑の気持ちをあらわすのはやめよう
21 クラスの決まりは守ろう
24 自分自身とトイレを清潔にしよう
29 エチケットのABC
31 ホテルではチップをおこう

注2 もっとも、別にこの本に限らず、どんな本を読んでも、どんな映画を見ても、こういったサイトで他の人がそれをどう読んだ、どう見たかをチェックすることは我が家の習慣になっている。映画ならamazonもいいけど、みんなのシネマレビューは我が家の定番サイトだ。海外の反応もみたいときはIMDbを見る。
こういったサイトでの文章のレベルはとても高くて、僕がいちいち映画評などを付け加えようという気を失わせてしまうことも多々ある。僕が感じたようなことは、もう他の誰かがきちんと書いていたりするのだ。
もっとも、数年前を振り返ってみると、ネットを通じて映画の情報などが得たかったとき、わざわざ海外のサイトをチェックすることも多かった。アメリカ留学中にインターネットを覚えて帰国して、日本のサイトなどを見始めた頃は「インターネットって、思ったほど役に立つ情報ってないんだなー」と感じていた。その頃はまだまだ、わざわざ図書館に行って本を探すほうが、結果的に生産的であることが圧倒的に多かった。
当時はネットで見つかる書評などを見ていても、「日本人って、説得力のある文章を書く技術では、くやしいけどアメリカ人にはまったくおよばないんだな。教育の差なのかなあ」とか思っていたりした。でもそれが間違っていることはすぐに判明した。当時は単にネット人口がアメリカに比べ圧倒的に少なかっただけなのだろう。
もう一つ最近感じるのは、こうした書評を、単に自分のための覚書としてではなく、他の人に対するサービスとして、ある種ボランティア精神を持ってやっている人が結構いるんだなあ、ということだ。そういった人がきちんとした書評を書くようになると、僕みたいにチェックする人も増え、読んでくれている人がいるならより良いものを書こうという人も増えるし、それが刺激になり、全体的な書評のレベルも上がっていく。そういうフィードバックが、日本のこうした書評・映画評などのレベルを上げているんだと思う。
もっとも英語圏との差が縮まっていっていると言っていいのかはよくわからないが。

 

 

2005年3月 8日 (火)

今年の授業を振り返る

 「小学校社会科」の授業を全15回のうち3回分、社会学からみた「小学校社会科」を担当した際、「ある行為の持っている<社会的意味>は、その行為に対して個人の感じている<主観的意味づけ>にどう影響しているのか」を考えてもらうよう授業を組み立てた。
 いろいろな例を挙げて説明していったものの、最終的にこのような文で課題を出すと、課題の意味さえもなかなかわかりづらかったようだ。このblogの読者の方も「無理もない」と思われるのだろう。ただ「社会的意味」というのは社会学的な考え方をベースにしているのでそれがよくわからないのは仕方ないにせよ、それに対置したはずの「主観的意味」という言葉の意味がわかっていない学生が多かったことには、今後のやり方を考えさせられた。
 ちなみにここで言う「社会的意味」とは、ある人が何らかの行為をするとき、その人本人ではない他の人が、「その行為が行われたという事実」から一体どんな情報を読み取ることができるのか、ということを意味している。たとえば「僕がこのblogを開いてこんな内容の文章を書いている」という事実から、僕についてどんな情報を読み取ることができるのか、ということである。そうした「社会的意味」が、僕がこのblogを書くという行為に与えている主観的意味づけに、どのような影響を及ぼしているのか、たとえばそんなことを考えてもらおうとしていた。
 もっとも「blogを書く」というのは、本人の意図から言っても「情報伝達行為」であるから、こういう問題を考える上であまり良い例とはいえない。自分自身のために行われる(と本人が信じている)より個人的な営みについて、それでもそれが社会的には何かの意味を持っていて、その社会的意味がその行為の主観的意味づけに影響を及ぼす、ということを考えてもらうと良かったはずだ。
 学生が挙げてくれた例では、「自分の部屋をきちんとかたづけておくこと」などがわかりやすい例だったと思う。彼らは次のような前提から結論を導いていた。まず「自分の部屋をきちんとかたづけている」ような人、つまりきれい好きな人は、他の様々なことに関してもきちんとしている傾向がある(とする)。たとえば約束をきちっと守る、など。すると「自分の部屋をきちんとかたづけているか」ということをもし知ることができれば、僕らはその情報からその人が信頼に値するか、ということもある程度判断できることになる。これが「きれい好き」の持っている社会的意味、ということになる。この「社会的意味」が、主観的意味に影響を与えているのではないか、というのが彼らの仮説である。つまり「部屋がきちんとしていることが好きかどうか」という主観的な意味づけは、たとえば「周りからきちんとした人と見られるような人になってほしい」というような親の意識的・無意識的欲求に基づくしつけなどを通して、身についていくのではないか、というような考え方だ。
 この授業では、「ある行為を通じて、その人に関する何らかの情報が他者に読み取られる」とき、その行為が行われる「場」というか、枠組みといったものを、その情報の<メディア(媒体)>と呼んでいた。昨日のピアノの話を例にとれば、「ピアノの練習に打ち込むということは、ピアノの才能の<メディア>である」ということになる(注1)。
 大体こんな考え方を身につけてもらうことを目的にした授業で、実際の授業では、僕のHPにある「受験のハンディキャップ理論」などを読んでもらったりしながら、主にドッジボールを例に話を進めていた。ドッジボールというのはどのようなメディアなのか、という話だ。もし良かったらみなさんの考えをコメントに書いてもらえるとうれしい。
 最初にも書いたが、日頃自分で考える、ということに慣れていない学生たちにとってはかなり難しい内容になったようだ。学生の感想でも「大学に入ってから、こんなにも頭を使った授業ははじめてでした」というような内容がしばしば見られた。授業のやり方に反省点も多かったものの、一定の意義はあったと考えている。来年も同様なテーマをさらに深めた内容にしていきたいと考えている。
 ところで、どうしてこんな内容の授業をやったのかだが、この授業をはじめて担当するにあたって、「小学校の社会科って何のためにやるんだろう」ということを妻を相手に話し合った。妻は大学を出てからしばらく塾で小学生・中学生に国語、社会科などを教えていたから、こうしたことにしっかり自分の考えを持っている。そのときの妻の答えがこれ。
「身近にある様々なものやできごとなどが、ただ自然にアタリマエにそこにあるのではなく、それらは人の営みの結果としてあるんだ、ということをこどもたちにリアルに感じさせることが、小学校の社会科の中心的な意義なのではないか」
 まったくそのとおりだなと感じた。そこで、そうした考えをこどもたちに深めさせる上で、先生になろうという大学生はどんな訓練が必要かと考え、「僕らの持っている主観的な価値の社会的起源を考えてもらう」という、すごく社会学らしいテーマになった。
 これがどうして「社会学らしいか」だが、それについてはまたそのうち。
 
注1 この対立仮説として「ピアノの練習に打ち込むことは、単調さに耐える忍耐強さのメディアである」というようなものも考えられるだろう。僕はもともとそう信じていた。この二つの仮説についてはまたそのうち述べたい。

2005年3月 7日 (月)

努力と才能 ?「二十歳のころ」 神谷郁代 (2)

 さてこの神谷さんのインタビュー(二十歳のころ)、こんな短い中に心を打つ言葉がぎゅっとつまっているので、下手するとすべてを引用したくなってしまうくらいだ。
 
 僕がその中でも一番おーっと思ったのは次の箇所。
 

――いつから自分にある程度の自信がつきましたか?

神谷 自信、自信ねえ。はっきりしないわね。やっぱりコンクールもそのひとつでしょうけど、それは人からの評価ですよね。それよりもやはり、自信は自分の練習量に裏づけられるものでしょうから。自分がいかに努力したかでしょう。

ここでインタビュアーの大学生は、この前僕が書いたような『自分は、そうした世界で生き残っていけるだけの才能にめぐまれていた』という自負を神谷さんが「いつ」持つようになったのか、ということを問題にしている。神谷さんがそうした自負を持つようになったのは間違いないと考え、それがいつだったかをたずねているわけだ。

 しかし神谷さんはそういう大学生の意図をおそらく理解したうえで、その前提自体を無効化してみせる。それは才能とかではなくて、努力の問題なんだと。

 こういう感覚は何となく分かる気もする。演奏会でひとり舞台に立つとき本当に信じられるものは、自分がどこまで準備できているか、という文字通りの「自信」、自己信頼なんだろう。そして、自分はこれまでこうした場を成功させてきたという経験と実績への信頼でもあるだろう。

 演奏会などとは比較にならないかもしれないが、たとえば僕自身の経験を振り返っても、毎回の授業での自信がどこからくるかといえば、やはり準備がどれだけできているかということ、そして以前にはうまくいったという実績にある。その準備は「努力」と言い換えても問題ないだろう。

 こうした神谷さんの答えに対し、インタビュアーは「努力対才能」という図式を持ち出し、「ピアノの世界は努力だけでなんとかなるはずはない」という信念のもとに、自分の問いの意図を再確認する。

――でも、音楽を含めて芸術の世界では才能ということが重くのしかかってきますよね。その自らの才能に対する自信というのは・・・。

 これに対する神谷さんの答えがすごい。

神谷 努力には才能ということが大きく関わってくるのよ。才能がないと自分自身が成長しているかも自分で判断できないし、たとえそれが判断できる位の才能があっても、逆に自分自身のレベルが伸びていないことがわかるから、やっぱり途中で嫌になってしまう。だって、いくら練習してもあまりうまくならなかったら、一年くらいは続くかもしれないけれど、十年も続きます?。結局、才能があるからこそ、人一倍努力できるのよね。そうすると、たとえ自信なんて別に意識しないでもピアノを続けていけるのよ。だから、逆に言えば、ずっと努力し続けられる人こそ才能があるのではないかしら。

 この答えは本当に目からうろこだった。「努力するためにも才能がいる」というような答えはよくあるものだと思う。「自由意志 対 決定論」の枠組みで考えると、決定論側は必然的にそのような解釈をすることになる。しかし神谷さんの答えは、デューイに代表されるプラグマティズム(注1)の哲学そのもので、またそれは合理的選択理論(注2)にも則っている

 彼女の考えによると、努力というのは、いわば才能の鏡だ、ということになる。努力できる人、というのは、単に我慢強いのではなく、努力すれば努力しただけ成長できる人なのだと。それだけの才能があるから、人は努力するのであって、そういう才能がなければ、努力に価値を認めることはできない。

 たとえば天才とは1%の直感と99%の発汗である」Genius is one per cent inspiration and 99 per cent perspiration)という言葉がある。多分これはほとんどの天才と言われる人の実感だろう。しかし、その99%の努力をひらめきに結びつけられるだけの才能と自信こそがその努力を産んでいるのだと考えるべきなのだと思う。そして神谷さんの言うように、自信はその努力から生まれてくるのだとすれば、才能のあるなしを初期条件として、自信と努力のポジティヴフィードバック(注3)が動き出すか、そうでないかで人生が大きく変わってくる、ということにもなる。

 注1 プラグマティズム ここでは、行為の結果が次の行為にフィードバックしていく、という図式がプラグマティズムの中心的な考え方であるため、この語を用いている。フィードバックで考えるという思考方法はシステム論的ともいえ、デューイの同僚だったGHミードを通して特に自己論において社会学にも大きな影響を与えている。

注2 合理的選択理論は、社会現象を、単位となる個人(やグループ)の合理的な決定を前提として説明していこうとする立場。ミクロ経済学などがその代表で、現在は多くの場合ゲーム理論を用いている。

この場合、神谷さんの考えが合理的選択理論的であるのは、努力をする人もしない人も両方合理的な戦略によっているという前提を満たしているからである。努力しない人は努力によって得られるものよりも失うものが多いから努力しないのだし、努力する人はその逆なのだと。

ここから、カルヴァンの預定説のように、努力することによって才能が証明される、という側面もあることになる。努力は才能のシグナルになる。こういうシグナル理論については僕のHPにある「受験のハンディキャップ理論」を参照。

注3 ポジティヴ・フィードバックについては僕のHPにある論文を参照。原因が結果となり結果が原因となるという循環で、ちょっとしたことが大きく広がっていくそうしたシステムを呼ぶ。たとえば火事など。熱が火を起こし、火が熱を起こしてさらに大きな火になっていく。「ブレイクする」といった現象もそれ。

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